大貫妙子さんの撮影は、葉山にある、知り合いのスタジオ兼邸宅から始まった。もともとは東京のお生まれですね、と話しかけると、彼女は微笑んだ。

「杉並です。1950年代の生まれですが、子供の頃の60年代は杉並も、周りは空き地や畑ばかりでしたから。高度成長が始まる時代でしたけど、隣りの家にお醤油を借りにいったり、塀がある家もそうなかったので近隣はすべて家族のような感じでしたね。葉山には25年前に来ましたが、ここはまだそういう感じがあります。わたしの家の前も個人の方の畑で、垣根ごしにどさりとお裾分けの野菜が置いてあって。それで、私も家にあるものでお返しすると。また別の野菜をいただいて。そうやって物々交換していると、そんなにお金を使うこともないですね。東京へ行くとお財布の紐が緩むけど。東京のようにすべての対価にお金が必要なシステムだと、いざ物が無くなった時、お金はなんの役にも立たないですからね。つまり、お金があっても物が買えないということで。その危うさはいつも頭のどこかに入れたおいた方がいいと思いますね」

 ずっと変わらない、その価値観。それをさらに確かめさせたのは、東アフリカにのべ1年間くらい暮らしたことだった。

「初めて行ったのは。『アフリカ動物パズル』というビデオの音楽を書くことになった84年です。その旅が素晴らしくて、翌年は自費で行きました。その時の旅行記が『神さまの目覚まし時計』で、それを新潮社の方が読んで下さって、『マザー・ネイチャーズ』という雑誌の取材で90~95年には度々足を運びアフリカにはのべで1年滞在しました。タンザニアが主でしたが。明け方から日没まで、カメラマンとひたすら動物たちを観察しました」

 想像を絶するほどに、ただただ動物を観察する日々だった。

「動物たちに休日はありませんから、したがって私たちにも休日なしです(笑)。ものすごい雨が降って道が川のようになる日もありました。四駆がそこへはまり込んで、でも出さなくちゃどうしようもない。ほとんどが草原で森林はありませんから、歩いて倒木を見つけに行き、ぬかるみから車を出すだけで1日が終わってしまった日もありました。野生動物を怖くないかとよく聞かれますが、それより恐ろしいのはそいういう自然の力でしたね」

 人が通る道を外れないと、動物はいない。

「たとえばライオンも狩りをするときはブッシュに隠れています。しかしライオンの場合は、チーターなどと違い全力でそう長く走れないので、草食獣が間近まで来るのを隠れて待つしかないんですね。でも、草原は広大ですし、草食獣も用心深いですから、狩りの成功率はとても低いです。あまり待ち過ぎで寝てしまっているライオンもいました。狩りは概ね早朝か、日没前なので。日中は暑いのでめったにないですね。実際の狩りは何度か見ましたが、壮絶で言葉にならないです。その一瞬は空気が切り裂かれるくらい張りつめる。お互いに、生きていくというのは命がけなんです。野生動物にとって過去や未来というような概念はないと思います。種を繋ぎ今を生きている。アフリカのフィールドで書いた観察記録は何冊にもなりましたが、自分で見たものだけが、自分にとって真実なんだと思いますね」

 アフリカで過ごした後、その足でニューヨークに行く。スタジオのソファーに日本の流行を扱う男性情報誌が置いてあり、それを手にとったとたん、気分が悪くなったという。

「アフリカでは新聞もラジオもなく動物を見る以外何もない中で2カ月。文字の洪水を見たとたん、頭がくらくらしましたから(笑)。情報って生き物ではないので。それを自分のものにした時、動きだすものなんですね。ただ入れ過ぎると今起きてることがわからなくなる。自分の立ち位置を変えずにいれば、必要なものは外から入ってくるんです」

  • 出演:大貫妙子

    1953年東京都生まれ。特攻隊だった父親をもつ家庭に育ち、1973年、山下達郎らとシュガー・ベイブを結成。76年からソロ活動を開始。多くのヒット曲を作詞作曲し、98年、映画『東京日和』で第21回日本アカデミー賞最優秀音楽賞受賞。音楽生活40周年となる今年は、10月末に新潮社からエッセイ『私の暮らしかた』を発売。11月には鎌倉、名古屋、大阪などでライブを行い、トリビュートアルバムも発売される。
    http://onukitaeko.jp

  • 取材・文:森 綾

    1964年大阪生まれ。ラジオDJ、スポーツニッポン文化部記者、FM802編成部を経て、92年に上京、フリーランスに。雑誌、新聞を中心に発表した2000人以上のインタビュー歴をもち、構成したタレント本多数。自著には女性の生き方をテーマにしたものが多く『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)、『大阪の女はえらい』(光文社知恵の森文庫)、映画『音楽人』の原作など。
    ブログ『森綾のおとなあやや日記』 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

ヘアメイク:茂手山貴子 http://moteyama.com/
撮影:萩庭桂太