8月の終わり。萩庭桂太と私は、池上本門寺で行われるという、野外でのオムニバス・コンサート「Slow Music Slow LIVE ’13」を取材しに行った。3日間にわたるこのコンサートは、今年10年目を迎えるという。当日は夕方前に例の豪雨が降った。我々が到着した時間には雨は上がっていたが、20人以上のスタッフが手に手に紙おむつをもって、座席の水を必死に拭っていた。なるほど、吸った水を戻さない紙おむつは、雑巾よりもよほど効率的だ。スタッフの尽力の末、コンサートは無事始まった。

 コトリンゴ、畠山美由紀、アン・サリーが登場した後、もちろんトリの「大貫妙子」だ。

 緑が多く、足元は土。雨上がりの境内は、それまでの夏が嘘のように涼しい風が吹いた。

 大貫さんの澄んだ歌声が微風とともに吹いてくるようだ。

「子どもの頃、蚊に刺されたときに十文字に爪で跡を入れなかった? そんなことをしたのは東京の子どもだけだったのかな……」

 そんなことを、ステージから訥々と語りかけながら、彼女は歌った。

 おかっぱの頭。華奢なからだ。すっと伸びたきれいな姿勢。

 作らない、中低音の歌声が心にまっすぐ入ってくる。

 ラストにはアン・サリー、畠山美由紀と3人で『新しいシャツ』を歌った。

「怖いわよね、この3人でこんな歌は」

 そう言って笑った。

 去っていく男性を静かにでもそこから動かず見送る、歌。

 純粋に愛する気持ちは、誰にも止められない怖さを湛えている。

 私はそこにおそらく1000年以上前から変わらない日本の女の色気を見るような思いがした。

  • 出演:大貫妙子

    1953年東京都生まれ。特攻隊だった父親をもつ家庭に育ち、1973年、山下達郎らとシュガー・ベイブを結成。76年からソロ活動を開始。多くのヒット曲を作詞作曲し、98年、映画『東京日和』で第21回日本アカデミー賞最優秀音楽賞受賞。音楽生活40周年となる今年は、10月末に新潮社からエッセイ『私の暮らしかた』を発売。11月には鎌倉、名古屋、大阪などでライブを行い、トリビュートアルバムも発売される。
    http://onukitaeko.jp

  • 取材・文:森 綾

    1964年大阪生まれ。ラジオDJ、スポーツニッポン文化部記者、FM802編成部を経て、92年に上京、フリーランスに。雑誌、新聞を中心に発表した2000人以上のインタビュー歴をもち、構成したタレント本多数。自著には女性の生き方をテーマにしたものが多く『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)、『大阪の女はえらい』(光文社知恵の森文庫)、映画『音楽人』の原作など。
    ブログ『森綾のおとなあやや日記』 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

ヘアメイク:茂手山貴子 http://moteyama.com/
撮影:萩庭桂太