「将来は、八ヶ岳あたりに、自分の作品を集めた美術館を作りたい。古民家を改築し、作品を展示できるようなスペースにするのもいいですね」

 蝶々1匹を切るのに5~6時間。A3サイズの作品を1点仕上げるのに約1カ月。3カ月間かけてようやく完成する大きなサイズの作品もある。一生切り続けていく覚悟とはいえ、今後どれだけの作品を生み出せるかはわからない。だからこそ、手間と時間をかけた作品はなるべく売らずに手元に残しておきたいという。

「もうひとつ、私の作品を集めた美術館を母子家庭の人たちが働ける場にしたいんです。今、日本の母子家庭は半数以上の人たちが経済的に苦しんでいて、子どもたちが進学を諦めざるを得ないケースも少なくない。そんな悩めるお母さんたちの少しでも力になれたら、と。美術館には託児所も作りたい。フランスのような母親に優しい環境作りを、私の美術館から発信していければと思います」

 それは素晴らしい構想だ。だが、なぜ母子家庭を支援しようと?

「それは、私も母子家庭で育ったから。小学校3年のときに両親が離婚して、母子家庭の大変さを身をもって体験してきました。母ががむしゃらに働いても日々の生活費に消えていき、高校3年間の授業料は、すべて自分でアルバイトをして稼いだお金で払っていたんです」

 この話を聞いたとき、何かがストンと腑に落ちた。そうか、この人はとても強い人なのだ。強いからこそ、決して途中で投げ出すことなく、これだけ細かな作品を延々と切り続けられるのだ。そして、その作品に込められた強さがマグマとなって、見る者の心を揺さぶるに違いない。

「おととし、フランス人の夫とは離婚したので、私自身も息子と2人きりのシングルマザーになりました。長年暮らしたフランスを離れ、この秋に日本に拠点を移す予定です。アルプス山脈とジュラ山脈に囲まれたフェルネ・ヴォルテールの豊かな自然が、これまで私が作品を作る上での大きな原動力となってくれていた。日本に軸足を移したら、それがどうなっていくのかなぁって。もしかしたら、すごく都会的な作品になっちゃうかもしれない(笑)。でも、それもまたよし。今後の自分の作品がどう変わっていくのか、私自身も楽しみです」

 蒼山さんの第2章が、今、始まろうとしている。

  • 出演:蒼山日菜

    1970年横浜市生まれ。現在はフランス在住。2000年に切り絵に出会い、趣味としてスタート。その後、オリジナルの世界観を追求した作品を発表し続け、08年にはスイスのシャルメ美術館で開催された第6回トリエンナール・ペーパーアート・インターナショナル展覧会に出展し、アジア人初の受賞となった。その後も多数の賞を受賞し、「Newsweek」誌にて「世界が尊敬する日本人100人」にも登録される。オスカープロモーション所属。
    公式サイト http://aoyamahina.com/
    公式ブログ「a lace KIRIE」 http://ameblo.jp/hinaaoyama/

  • 取材・文:内山靖子

    ライター。成城大学文芸学部芸術学科卒。在学中よりフリーのライターとして執筆を開始。専門は人物インタビュー、書評、女性の生き方や健康に関するルポなど。現在は、『STORY』『HERS』(ともに光文社)、『婦人公論』(中央公論新社)などで執筆中。

撮影:萩庭桂太