この神ワザのような切り絵に必要な道具は、いたってシンプル。

 手のひらに収まりそうな長さ11cmの小さなハサミと、表が黒で裏が白い紙。そして、その紙に下絵を描く0.3mmのシャープペンシルだけ。

「下絵を描いているときは、“切る”ことはまったく意識せずに描いてます。切りやすさを考えて絵を描くと、イメージが自由に膨らんでいきませんからね。なので、いざ切る段階になって、“こんな複雑な図案を描かなければよかった! これって、どこから切ればいいの?”と、頭を抱えることもしょっちゅうで(笑)。絵を描くときの自分と、切るときの自分は、まるでジキルとハイドのようなんです」

 ジキルとして下絵を描いているときは、必ず坂本龍一さんの曲をかけている。他のミュージシャンの曲ではダメ。プロになってから最初の2年間、坂本さんの「Opus」1曲だけをかけ続け、その後の2年間はやはり坂本さんの「A flower is not a flower」を。この2曲をかけると感情のスイッチがカチッと入り、手先から自然と絵があふれ出していくという。

 反対に、ハイドとして絵を切っているときは、どんな音楽でもウエルカム。

「絢香さんやJUJUさんなど、J-POPもよく聞きますよ。矢沢永吉さんの曲が流れると、思わず鼻唄まじりでハサミを動かしたり、とか」

 30代の頃は1日10時間切っていた時期もあったが、40代となってからは1日5時間が限界だそう。何よりも目を酷使するので、1日切ったら、1日休んで、目を休ませる時間を意識的に作るようにしないと、細かい作品は切り続けられない。蒼山さんの神ワザを阻むものは、なんと“老眼”か?

「ハハハ、今のところ、まだ裸眼でいけてますけどね。でも、老眼になってもルーペを使えば大丈夫。一生、続けていきたいですから、老眼ごときでメゲてはいられません。これからも切って、切って、切り続けます!

 繊細な作品とは裏腹に、ご本人は実に気さくで茶目っ気もたっぷり。ただ、作品と同様に、プライベートでも凝り性で完ぺき主義者。目下、はまっているのはパンケーキ作り。究極の1枚を完成させるため、毎朝、パンケーキを焼き続けているとか。東京のカフェでくつろぐときも、美味しいと評判のパンケーキを注文し、味や焼き方の研究に余念がない。

 一生、続けて生きたいという切り絵。アーティストとして、これからの野望は?

  • 出演:蒼山日菜

    1970年横浜市生まれ。現在はフランス在住。2000年に切り絵に出会い、趣味としてスタート。その後、オリジナルの世界観を追求した作品を発表し続け、08年にはスイスのシャルメ美術館で開催された第6回トリエンナール・ペーパーアート・インターナショナル展覧会に出展し、アジア人初の受賞となった。その後も多数の賞を受賞し、「Newsweek」誌にて「世界が尊敬する日本人100人」にも登録される。オスカープロモーション所属。
    公式サイト http://aoyamahina.com/
    公式ブログ「a lace KIRIE」 http://ameblo.jp/hinaaoyama/

  • 取材・文:内山靖子

    ライター。成城大学文芸学部芸術学科卒。在学中よりフリーのライターとして執筆を開始。専門は人物インタビュー、書評、女性の生き方や健康に関するルポなど。現在は、『STORY』『HERS』(ともに光文社)、『婦人公論』(中央公論新社)などで執筆中。

撮影協力:ロイヤルガーデンカフェ青山 http://www.royal-gardencafe.com/shop_aoyama.html
撮影:萩庭桂太