専業主婦からプロのアーティストへ。転機は34歳のときにやってきた。

「妻子が本当にいじめにあっている」と、ようやく気づいた夫が、アルプス山脈のふもとにあるフェルネ・ヴォルテールの街に住まいを移してから、すべてが良い方向に進み始めた。

 いじめからの解放、個展の開催、歴史あるフランスの展示会に初入選。

「初めて展示会に出品したとき、作品を展示してわずか3分後に、“買う!”と言って下さった方がいたんです。その方は私生活で深い悩みを抱えており、毎日、泣いてばかりいたそうで。でも、私の切り絵を見ていたら“大丈夫よ”と励まされている気がしたと。だから、この絵を買って、朝、起きたら、パッと目にとまる場所に飾っておきたい。そうすれば、毎日、頑張ろうという気になれるから、と。その言葉を聞いて、私はこの方に恥じないプロの切り絵画家になろうと決めたんです」

 一瞬で人の心を掴んでしまう。

 そんな蒼山さんの切り絵を見て感動した人の反応は、大別して2つに別れる。ひとつは、作品をもっと見たい、もしくは所有したいと考える人。もうひとつは、この切り絵を自分も習いたいと思う人。習いたいという人たちのために、年に数回、フランスの自宅から日本に“出張”し、朝日カルチャーセンターなどのスクールで自らの技を伝授している。

「テクニックは秘密? いやいや、そんなことはありません。むしろ、自分がとても楽しいと思っているからこそ、この楽しさを惜しみなくみなさんに伝えたい。切り絵の魅力は、何よりも達成感! 生徒さんの中には、“定年後の生きがいになりました”とおっしゃって下さる方もいますし、悩みを抱え、それまで人生にネガティブだった方が、この切り絵と出会って前向きになってくれたこともある。そんな姿を見ると、ああ、やっていて良かったなと思います」

 試しに、教室の片隅で、初心者用の小さな馬車の絵を切らせてもらった。確かに、ひとたび紙にハサミを入れると、目の前の線を切ることだけにスーッと意識が集中していく。気がつけば、あっと言う間に2時間が過ぎていた。蒼山さん自身の作品はこの何十倍、何百倍も細かくて、サイズも大きい。

 実際の制作現場は、どんな感じなのだろう? それは明日のお楽しみ。

  • 出演:蒼山日菜

    1970年横浜市生まれ。現在はフランス在住。2000年に切り絵に出会い、趣味としてスタート。その後、オリジナルの世界観を追求した作品を発表し続け、08年にはスイスのシャルメ美術館で開催された第6回トリエンナール・ペーパーアート・インターナショナル展覧会に出展し、アジア人初の受賞となった。その後も多数の賞を受賞し、「Newsweek」誌にて「世界が尊敬する日本人100人」にも登録される。オスカープロモーション所属。
    公式サイト http://aoyamahina.com/
    公式ブログ「a lace KIRIE」 http://ameblo.jp/hinaaoyama/

  • 取材・文:内山靖子

    ライター。成城大学文芸学部芸術学科卒。在学中よりフリーのライターとして執筆を開始。専門は人物インタビュー、書評、女性の生き方や健康に関するルポなど。現在は、『STORY』『HERS』(ともに光文社)、『婦人公論』(中央公論新社)などで執筆中。

撮影協力:朝日カルチャーセンター http://www.asahiculture.com/
撮影:萩庭桂太