女優をしながら介護士として病院で働く。ちょっと聞いただけでもそんなことができるのかと思えてくる。あちこちの病院とかけあい、ようやく就職が決まった都内の施設でも、現場のスタッフにはそんな疑問をもつ人がいたようだ。

「私自身、おじいちゃんおばあちゃんとも一緒に住んだことがなかったので、施設に足を踏み入れたとたん、全員おじいさんとおばあさんばっかりで怖い! と思ってしまった事実もありました」

 寝たきり。奇声を発する人。歩き回る人。……まずは彼ら彼女らの、排泄物との苦闘が始まった。

「いち早くどう片付けるか、ですよね。一番気持ち悪いのは本人ですから、すっきりさせてあげないと、と思う。同時に私もうんこまみれになりますから気持ち悪いですよ。臭いもある。でもだんだん、それを短時間に完璧に片付けられることに喜びを得ていきました。段取りよくできると、よっしゃー、って」

 夜勤もこなし、一対一の入浴も介助する。自分の中での試行錯誤が続くなかで、根本的に北原さんを変えたのは、こんな言葉だった。

「あるセミナーで『あなたは認知症になると思いますか』と言われたんです。ショックでしたね。それまでは『私は認知症にはならない』ことを前提に生きていましたから。でもなるかもしれないんですよ。そこなんです。じゃ『自分だったらどうしてほしいか』と考えると、自分の対応の仕方が見えてきたんです」

 すべてがわからなくなったように見える人にも、羞恥心は残る。人としての尊厳はあり続ける。

「たとえば初歩的な事で言うと、同性に介助してもらうとしても隠す部分は隠すとか。そういうことってものすごく大事ですよね。人間の本性みたいなところが見えてこそ、チャーミングなんです。それが見えるのが、この仕事の素晴らしさでもあります」

 でも、本性が見えれば見えるほど、意固地な人に腹が立ったりすることはないのだろうか。

「意固地、にも理由がありますよ、きっと。たとえばもともと会社で偉い人で、指図しなくてもいいほど周囲の人がよく動いてくれた。でも今は自分の状況も周囲の状況もすっかり変わってしまった。それだけで苛つくし、意固地にもなりたくなるかもしれないですよね。目の前にいる人がどういう人生を歩んできたか。それをまず理解することが介助の始まりだと思います。すぐに対応までできなくても、まず理解してあげることなんです」。

  • 出演:北原佐和子

    1964年埼玉県生まれ。モデル、歌手から始め、人気アイドルユニット、パンジーの一員でもあった。その後、本格的に女優に。『水戸黄門』『大岡越前』といった時代劇、サスペンスドラマなど多岐にわたって出演を続ける。その一方で、ヘルパー2級の資格を取得、介護士としても現場で働く。そこで培う経験から現在は講演活動も行っている。
    公式ブログ http://ameblo.jp/kitakitasawako/
    所属「スクロール」 http://www.scroll2003.com/sawako-kitahara/
    講演の問い合わせ先 http://casting.horipro.co.jp/

  • 取材・文:森 綾

    1964年大阪生まれ。ラジオDJ、スポーツニッポン文化部記者、FM802編成部を経て、92年に上京、フリーランスに。雑誌、新聞を中心に発表した2000人以上のインタビュー歴をもち、構成したタレント本多数。自著には女性の生き方をテーマにしたものが多く『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)、『大阪の女はえらい』(光文社知恵の森文庫)、映画『音楽人』の原作など。
    ブログ『森綾のおとなあやや日記』 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影:萩庭桂太