溢れては落ちる涙
ホセ・ジェイムズ
- Magazine ID: 1194
- Posted: 2013.01.08
渋谷の街のあちこちで、彼がギターを弾いて歌っているところを撮りたいと、萩庭桂太がまたムチャなことを言いだした。でも、マリちゃんはそのままなんでも通訳してくれる。
「どこででも歌う、大丈夫だと言っています」
ほ、ほんとに? と、マリちゃんにひそひそ聞くと、「大丈夫ですよ。数日前、私が空港に迎えに行ったときも、ちょっと待たせてしまったら、そこでギターを出して歌っていたんですから」
歌いたかったら歌う。僕はシンガーだから。そういう人なのである。じゃあ、と、調子に乗るのがYOUR EYES ONLYチームである。
「じゃあ、モアイ像の前で歌ってもらいましょう」
私たちはたくさんの人が行き交う昼前の渋谷の路上で、ブルーノートのシンガーを歌わせてしまうことになった。
曲は「Come To My Door」。ニューアルバム『No Beginning No End』にも収録されている、美しいメロディだ。その扉を開ければ新しい世界が待っている。そんな感じの歌詞を、ホセ・ジェイムズはつぶやくように歌った。
するとどうだろう。モアイ像の前で、キャリーバッグに寄りかかるように誰かを待っていた外国人女性が、ポロポロと涙をこぼし始めたのである。目頭から溢れては落ちる涙を、彼女は一粒ずつ拭いながら、ホセではなく、空を見ていた。きっと、彼女は自分の心の中で、その曲に呼び覚まされたものを見ていたのだろう。
撮影が終わると、我々は黙ってそこを撤退し、 中古CDショップに向かった。
ホセは渋谷の街が大好きで、ディスクユニオンというその店にもよく行くという。店の人がホセに気づき、彼の曲をかけると「Thank you」と声をかけ、普通の客のように一枚一枚CDやレコードを見つめている。コルトレーンのレコードを手にとると、誰に言うでもなく、こうつぶやいた。
「ぼくの音楽の父はジョン・コルトレーン。母はビリー・ホリディ」
なるほど。ストレートでクールで、でも芯は熱い。見知らぬ人がふと自分の歌だと思えてしまう。あの彼の歌声の魅力に、合点がいった。
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出演:ホセ・ジェイムズ
アメリカ、ミネソタ州生まれ。高校まではヒップホップにはまっていたが、ラジオのジャズステーションに感化され、ジャズ・シンガーを志す。NYのニュースクール大学に通う。2006年、ロンドンで行われた国際ジャズコンペティションに参加。名DJ/プロデューサーのジャイルス・ピーターソンに出会い、07年、ブラウンズレーベルと契約。08年に『The Dreamer』でデビュー。1月16日、EMI(ブルーノートレーベル)から『No Beginning No End』が日本で発売に。2月14、15日はビルボードライヴ東京でのライブも予定されている。
http://emimusic.jp/artist/josejames/
http://www.josejamesmusic.com -
取材・文:森 綾
大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て、92年に上京後、現在に至るまで1500人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には『マルイチ』(マガジンハウス)、『キティの涙』(集英社)(台湾版は『KITTY的眼涙』布克文化)など、女性の生き方についてのノンフィクション、エッセイが多い。タレント本のプロデュースも多く、ゲッターズ飯田の『ボーダーを着る女は95%モテない』『チョココロネが好きな女は95%エロい』(マガジンハウス)がヒット中。
ブログ「森綾のおとなあやや日記」 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810
撮影:萩庭桂太