このYOUR EYES ONLYに、ジャズピアニスト・大江千里が登場してくれることになったのは、11月10日の渋谷音楽祭で、東京フィルハーモニー交響楽団と共演することになり、再来日が決まったからだった。そこならスケジュールに余裕があるという。

 萩庭桂太と私はまず、大江千里と東京フィルとの初リハーサルを撮影しに出かけた。場所は東京オペラシティにある、リハーサルルームであった。

 ビレッジミュージックの千里さん担当、M氏いわく、クラシックのオーケストラとの共演というのはとても緊張するものだという。共演の曲は千里さんのオリジナル曲『My Island』と、フランク・シナトラなどの歌で思い出すスタンダード『New York, New York』。

 千里さんの脇では、今回同行したアレンジャーのダニエル・バーニッジがぴりぴりとこめかみをひくつかせて譜面を見つめていた。ウディ・アレンをかなりハンサムにしたような、ニューヨーカーっぽい男性である。
『My Island』の演奏が終わったとき、千里さんは立ち上がって控えめな口調で言った。

「ダニエルとも話しましたが、もう少しスローなほうがいいかと思います」

 ヒューマンドラマの映画音楽とか、日本の大河ドラマのテーマになってもいいくらいの、壮大な曲だ。千里さんが今回のアルバムでもっとも好きな曲だという。

『New York, New York』ではアレンジにも手が加えられた。譜面通りきちんと、というクラシックの人たちにもそれは受け入れられ、最後には楽器で鳴らす拍手が起こった。

 萩庭桂太が東京フィルの面々と千里さんにカメラを向けると、皆最初は緊張した様子だった。

「皆さん、楽器を触っていないと表情が硬いですね」

 すると、東京フィルの人たちはうなずいていた。萩庭桂太はくつくつ笑って、また言った。

「皆さん、隣りにいる人を、どこでもいいから、触ってくださーい」

 みんなおそるおそる隣りの人の腕のあたりを触ったり、洋服をつかんだりして、やっとほどけた笑顔になった。そういう人たちと、千里さんはどんな本番を迎えるのだろう。楽しみのような、ちょっと心配なような。

 しかしまた千里さんの生ピアノが聴けてとても幸せだった私は、ギャラもないのに、帰り道に萩庭桂太にスープをおごってしまったのだった。

  • 出演:大江千里

    1960年、大阪府生まれ。83年にシンガーソングライターとしてデビューし、『格好悪いふられ方』などの自身のヒット曲の他、松田聖子、渡辺美里らへの楽曲提供でも活躍。音楽活動のほか、役者、司会者、エッセイ執筆でも人気を博す。08年にジャズピアノを学ぶため単身渡米。ニューヨークで4年間の学生生活を終え、2012年、アルバム『boys mature slow』でジャズピアニストとしてデビュー。日本でもブルーノートでの公演を成功させた。

  • 取材・文:森 綾

    大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て、92年に上京後、現在に至るまで1500人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には『マルイチ』(マガジンハウス)、『キティの涙』(集英社)(台湾版は『KITTY的眼涙』布克文化)など、女性の生き方についてのノンフィクション、エッセイが多い。タレント本のプロデュースも多く、ゲッターズ飯田の『ボーダーを着る女は95%モテない』『チョココロネが好きな女は95%エロい』(マガジンハウス)がヒット中。
    ブログ「森綾のおとなあやや日記」 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影:萩庭桂太