ドイツ人は大食いか?
アリス=紗良・オット
- Magazine ID: 1156
- Posted: 2012.10.19
もう10年近く前になるが、東京の恵比寿でドイツから来た女の子をナンパしたことがある。22歳の上智大学への留学生だ。彼女も父親がドイツ人で母親が日本人だった。
最初のデートは恵比寿ガーデンヒルズの奥にあるウェスティンホテル東京のランチだった。彼女からウェスティンのランチブッフェに連れて行ってほしい、とリクエストされたのだ。
「私はとっても大食いだから、日本では食べ放題のお店にしか行かれないの。でも、食べ放題でおいしいお店は少ないでしょ。だから、おいしいものを好きなだけ食べてみたい」
そう言われた。
そして、実際に一緒に食事をして、仰天した。大皿3つそれぞれに、肉、魚、野菜を山盛りに盛った。店のスタッフも驚いていた。
「本当に食べられるの?」
心配になってたずねた。彼女はどこからどう見ても細身なのだ。しかし、にっこりとうなずいて、すべて平らげた。
これは序章に過ぎなかった。再び同じ量の食べ物を集めてきて、平らげた。見ているこちらが、具合が悪くなってきた。デザートのスイーツも20個くらい食べた。自分が見ている風景が現実とは思えなかった。それから数日して、2度目のデートで、彼女は「お寿司が食べたい」と言った。
恐怖を感じた。
「ふつうのお寿司屋さんに連れて行ってとは言いません。回転寿司でいいから行きたい」
ウェスティンで恐ろしい光景を見ていたので、全皿130円の天下寿司へ行った。そこで、彼女は100皿を平らげた。回転寿司で1人分1万3000円も支払ったのは最初で最後だ。
その女性は、羊羹は切らずに1本まるごと“バナナ食い”をするという。父親も同じで、日本人の母親は「あなたたちを見ていると気持ち悪くなるから」と食事の時間は必ず自室に避難したという。
「ドイツ人は全員大食い」
彼女は何度も言った。
前置きが長くなったが、本当にドイツ人は誰もが大食いなのか? 見た目麗しくスマートなピアニストのアリスもなのか? どうしても聞いてみたかった。
「そうかもしれません……」
それまでの音楽の話とは別人のように小さな声で、アリスは答えた。
――アリスも回転寿司は100皿いけるの?
「今は無理かな……。でも、12歳で母親の実家の松戸に遊びに来て、数カ月滞在したんですけれど、あの時は、確か、100皿以上食べていました。そのナンパしたドイツの女の子の食欲を見て、嫌いになりましたか?」
――嫌いにはならなかったけれど、お付き合いは難しいとは思いました。
だって、食事中会話する間もなかったから。100皿って、200貫ですからねえ。
「ドイツ人は食事の時は遠慮しないんです」
――お父さんも食欲旺盛?
「すごいです。目の前にあるものは全部食べます。子どもの頃、お父さんと食事をするのはいやでした。テーブルの上の肉、ぜんぶ食べちゃうから。私と妹が食べる肉がなくなっちゃう」
――娘にも気をつかわない?
「つかいません」
――じゃあ、ドイツ人の男の子が女の子とデートしても気をつかわない?
「1回目は気をつかうかも」
――2回目はだめ?
「食べることに関してはだめです。食べ始めると、まわりが見えなくなります。父もそうでした」
――でも、アリスは日本に演奏に来て食事足りなくない?
「最近は大丈夫かな。でも、食事をしてホテルに帰ってからよく1人でコンビニへ買い出しに行きますよ。コンビニのおにぎり、大好きです。紅鮭と昆布とシーチキンマヨネーズが大好物。日本はどこでもホテルの近くにコンビニがあって便利。特に東京のホテルは窓からの夜景はきれいだし、トイレの便座は暖かいし、快適です」
――日本のトイレは好き?
「暖かいのは気持ちいいですね」
――シャワートイレは?
「あれは、私、ダメ! 気持ち悪い。それから、便器のふたが自動的に開くのもいらない。動きが遅いから、待てなくて、自分の手で強引に開けてしまいます(笑)」
そのアリス=紗良・オット、10月17日の『PICTURES』リリースに続き、日本ツアーが10月23日の札幌からスタートする。10都市10公演。
曲は「ムソルグスキー:組曲《展覧会の絵》」と「シューベルト:ピアノ・ソナタ第17番」。それに加えて、10月29日には、東京渋谷のNHKホールで、「グリーグ:ピアノ協奏曲」をロリン・マゼール指揮NHK交響楽団と共演する。
『PICTURES』 2012.10.17発売
限定盤 SHM-CD(+DVD) 3,300円(税込)UCCG-9992
通常盤 SHM-CD 2,800円(税込) UCCG-1589
http://www.universal-music.co.jp/alice-sara-ott/discography/
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出演:アリス=紗良・オット
1988年ドイツ、ミュンヘン生まれ。父親はドイツ人。母親は日本人。4歳でピアノを始め、ヨーロッパの数多くのコンクールで優勝する。2008年ドイツ・グラモフォンから最初の作品集『リスト:超絶技巧練習曲集』をリリース。2作目の『ショパン:ワルツ集』はドイツとアメリカで、クラシックiTunesチャートで1位になる。 最新作は、7月3日にロシア、サンクトベテルブルクの「白夜祭」の夜に「ムソルグスキー:組曲《展覧会の絵》」と「シューベルト:ピアノ・ソナタ第17番」をライヴ収録した『PICTURES』(10月17日発売。ユニバーサル ミュージック)。
10月23日からは日本ツアーをスタート。10月29日(月)NHKホールでは、ロリン・マゼール指揮NHK交響楽団と「グリーグ:ピアノ協奏曲」を共演。詳しい日程はこちらユニバーサルミュージック オフィシャルサイト
http://www.universal-music.co.jp/alice-sara-ott -
取材・文:神舘和典
1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生きていたジャズミュージシャンのほとんどにインタビューを行った。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。
新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html
幻冬舎文庫 http://www.gentosha.co.jp/book/b4157.html
撮影:萩庭桂太