ピアニストは自分の楽器を持ち運べないので苦労が絶えない。アリス=紗良・オットがロシアのレコーディングで苦労したように、世界中で演奏をしていると、管理のよくないピアノと出会うことが頻繁にある。

――会場に入って、調律が合っていないピアノが待っていた時はどうするの?

「がまんして演奏するしかありません。大切な時間とお金を使って聴きに来ている人たちに、今日はピアノがよくないのでベストは尽くせません、とは言えないですから」

――ジャズやポップならば、状態のよくない音階を避けて弾けばいいけれど、楽譜通りに演奏しなければいけないクラシックはそれもできない。

「でも、できる限りの努力はします。大きく鳴ってしまう鍵盤はソフトに、鳴りが悪い鍵盤は力強く叩いて演奏する。そうやってピアノとお友達になるんです」

――神経をつかいますねえ。

「使いますよお。でも、弾いているうちに慣れてきます。そして、客席が喜んでくれれば、私も嬉しくなってきます。演奏者の技術もピアノの状態もパーフェクトで客席が盛り上がらない演奏会よりも、楽器に多少問題があっても客席が盛り上がる演奏会のほうがいい」

――日本はどう?

「世界中回っていて、日本のピアノは抜群です。管理がきちんとされているので、調律で苦しむことはまずありません」

――お客さんの質は?

「お客さんも素晴らしいです」

――日本人はおとなしくて、いい演奏をしても喜んでいるのかがわからないということはないですか?

「ドイツ人やロシア人ほどは叫びませんけれど、日本のお客さんも歓声をあげていますよ。私、終演後にサイン会をやることがあるんですけれど、世界中で一番マナーがいいのは日本のお客さんです。ほかの国の人たちは列を作りませんから」

――並ばずにどうするの?

「オレが先だ! と、ワアッーって集まってきて、早い者順。それで、30分くらいして、サインをしてもらえない人たちは、帰っちゃいます。ほんの少し前に、ブラボー! と大絶賛してくれたのに、もう待てないからいいやー、これ以上お金払いたくないし、と言って帰ってしまいます(笑)」

――アリスに聴こえるんだ?

「聴こえるように言っているわけではないんだけど、小さな声でもないので、聴こえてしまう。ところが、日本人のお客さんは、1時間でも2時間でも列を作って待ってくれます。しかも、1人で2枚も、3枚も、4枚も……CDを買ってくれる方もいる。私に限らず、外国人の音楽家はだれもが感動しています。日本は食事もおいしいし、海外の音楽家はみんな日本に来たい」

 この食事については、アリスにどうしても聞きたいことがあった。ドイツ人の食欲についてだ。

『PICTURES』 2012.10.17発売

限定盤 SHM-CD(+DVD) 3,300円(税込)UCCG-9992
通常盤 SHM-CD 2,800円(税込) UCCG-1589
http://www.universal-music.co.jp/alice-sara-ott/discography/

  • 出演:アリス=紗良・オット

    1988年ドイツ、ミュンヘン生まれ。父親はドイツ人。母親は日本人。4歳でピアノを始め、ヨーロッパの数多くのコンクールで優勝する。2008年ドイツ・グラモフォンから最初の作品集『リスト:超絶技巧練習曲集』をリリース。2作目の『ショパン:ワルツ集』はドイツとアメリカで、クラシックiTunesチャートで1位になる。 最新作は、7月3日にロシア、サンクトベテルブルクの「白夜祭」の夜に「ムソルグスキー:組曲《展覧会の絵》」と「シューベルト:ピアノ・ソナタ第17番」をライヴ収録した『PICTURES』(10月17日発売。ユニバーサル ミュージック)。
    10月23日からは日本ツアーをスタート。10月29日(月)NHKホールでは、ロリン・マゼール指揮NHK交響楽団と「グリーグ:ピアノ協奏曲」を共演。詳しい日程はこちら

    ユニバーサルミュージック オフィシャルサイト
    http://www.universal-music.co.jp/alice-sara-ott

  • 取材・文:神舘和典

    1962年東京都出身。音楽を中心に書籍や雑誌のコラムを執筆。ミュージシャンのインタビューは年間約70本。コンサート取材は年間約80本。1998年~2000年はニューヨークを拠点にその当時生きていたジャズミュージシャンのほとんどにインタビューを行った。『ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)、『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎文庫)など著書多数。

    新潮新書 http://www.shinchosha.co.jp/writer/1456/
    幻冬舎新書 http://www.gentosha.co.jp/book/b4920.html
    幻冬舎文庫 http://www.gentosha.co.jp/book/b4157.html

撮影:萩庭桂太