『身毒丸』の主役に決まったときのことを彼はこう回想する。

「人生で一番うれしかったです。それまでの自分のなかにはなかった感動でした。大号泣しながら『オレ、こんなキャラじゃないんですけど』と口走っていました。でもそんなキャラなのかも、と後で思いました。これまで経験したことのないことを経験したときに、自分というものが出るのかもしれないな、と」

 勉強のできるいい子の長兄と違い、ずいぶん、親を困らせたこともあったという。だからグランプリの目録を見せた瞬間、母親も号泣した。

「オレ、いけるな、と調子に乗りました。その次のドラマ『GOLD』のオーディションにも受かったのでさらに」

 その後、蜷川幸雄のマンツーマン指導が始まると、その高くなった鼻はぼきりと折られた。演技の題材は三島由紀夫の『近代能楽集』から『弱法師』。二組の夫婦の間で親権が争われる主人公・俊徳の長い独白が印象的な芝居だ。私はニナガワ演出、藤原竜也主演のそれを見たことがあるが、最後は戦火に包まれるような舞台装置で1人の人間のなかの「この世の終わり」がイメージされる。

「踏まれる、髪の毛は引っ張られる。精神的にボロボロになりましたね。ラストシーンあたりの火に包まれた舞台装置で語る台詞が全然納得してもらえない。『脱げ』と言われて上半身裸になりました。そうしたらいきなり雑誌をまるめて火をつけて、ぼくの周りでぐるぐる回されるんです。『火を見て台詞を言え』と。自分のおろかさに気づきましたね。自分は何もできないんだと本当に思いました」

 とことん真っ白に向き合える人だけが、何かを習得するのだと思う。

「ラッキーな始まり? それがまた怖かったりします。厳しい稽古があるからこそ、カーテンコールがめちゃくちゃ気持ちいい。何回でも出ていきたくなります」

  • 矢野聖人

    1991年東京都生まれ。蜷川幸雄演出の舞台『身毒丸』のオーディションで8523人の応募者のなかから選ばれ、デビュー。その後、2011年『身毒丸』を好演。その他ドラマ『GOLD』『リーガル・ハイ』、映画『天国からのエール』などで活躍し、現在は『GTO』に出演中。体脂肪率4%のボディが女性誌でも話題を集めている。

  • 取材・文:森 綾

    1964年8月21日大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て、92年に上京後、現在に至るまで1200人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には女性の生き方についてのノンフィクションが多い。『キティの涙』(集英社)の台湾版は『KITTY的眼涙』(布克文化)の書名で現在ベストセラー中。
    http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影:萩庭桂太