5 やりたいことはやってきた
指揮者 栁澤寿男 Part2
- Magazine ID: 4054
- Posted: 2021.12.31
2022年1月28日、『クレッシェンド 音楽の架ける橋』という映画が公開される。ある有名な指揮者が紛争中のパレスチナとイスラエルの融和を目指し、ユダヤ人とアラブ人の若者を集めてオーケストラを作ってコンサートを開催する、という物語。実話を元に作られているそうだ。バルカンを舞台に、セルビア、コソボ、北マケドニア、アルバニアなどから演奏家を集め、バルカン室内管弦楽団を結成して活動を続けてきた栁澤寿男と、よく似たシチュエイションだ。栁澤は映画公開を前にコメントを求められただけでなく、その映画監督との対談も実現。プロモーションに大きく係わっている。
「ひょっとしたらこれを縁に、コロナがもう少し収まったら、イスラエルとかパレスチナでもバルカン室内管弦楽団のコンサートができないかと、まだ夢物語かもしれませんが、実は考えているんですよ」
実現するのかもしれない。
栁澤寿男はこれまで、かなり無理なことでもなんとかして実現してしまう、そんなことをくり返してきたのだから。
指揮者になったときも、そう。バルカン室内管弦楽団を作ったときも、そう。今回の日本公演を実現したときも、そう。
「なんか僕は、それは絶対できない、無理だと言われると逆に、絶対にやりたくなるんです。無理だと言われながら突き進んで行くのを、僕本人は意外に楽しんでいる。そういう性格なんですね。へそ曲がりなんです(笑)」
それに、と、ちょっと真面目な顔で言葉をつないだ。
「意外に、全力で生きてきたという自負がありまして。やりたいことは、やってきた。ですから別に、死にたくはないですけど、今日とか明日死んでも、あまり悔いはないんです。常に全力でやって、できないことはいっぱいありましたけど、でもまあ、明日死ぬとしても、今までこんなに頑張ってやってきたからいいか、って、そんな感じはしますね。けっこうやりたいことはやってきました」
50代に突入した今、そう言い切れるのは、幸せな人生なのかもしれない。
「2007年にコソボに最初に行ったときも、成田空港を出発するとき、これで帰って来られないかも知れないって、思いました。行ったり来たりしながら毎回そう思って、それでもいいと思っていたんです。実際、僕から30メートルも離れていないところにいた人が銃で撃たれて亡くなったこともあったし。危険な場面もたくさんありました。でも、感覚が麻痺しちゃっているんでしょうね。どんなに危ないと言われる場所に行っても、そこにも人がちゃんと住んでいて、普通に生活している人たちがいて、話してみるとおもしろくて、良い人は良い人なんですよ、どんなところに住んでいても」
音楽があれば、人はまた、自由で平和な世界を取り戻せるのかもしれない。栁澤はそれを信じている。
「来年2022年も、いろいろやっていきます。京都フィルとの公演も予定されているし、米米CLUBの石井竜也さんとやっている3.11の『EARTH MIND』もある。坂本龍一さんが発案した『東北ユース』の活動も、2年連続で中止になったけど、今後も続けて行くつもりです。今回のコロナは、いわば世界中が被災地になってしまったわけですけど、コロナも政治も経済も、状況は日々変わっていきますけど、でもその中で、やりたいことはやっていこうと思っています」
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出演 :栁澤寿男 やなぎさわ としお
1971年生まれ、長野県出身。パリ・エコール・ノルマル音楽院オーケストラ指揮科に学ぶ。また指揮を佐渡裕、大野和士に師事。スイス・ヴェルビエ音楽祭指揮マスタークラスオーディションに合格し、名匠ジェイムズ・レヴァイン、クルト・マズアに師事。2000年東京国際音楽コンクール(指揮)第2位。以降、新日本フィル、日本フィル、東京フィル、東京都響、東京響、シティフィル、大阪フィル、京都市響、名古屋フィル、札幌響、仙台フィル、アンサンブル金沢をはじめ多くのオーケストラに客演。2005年から2007年マケドニア旧ユーゴスラヴィア国立歌劇場首席指揮者、2007年コソボフィルハーモニー交響楽団常任指揮者に就任(2009年5月首席指揮者に昇任)。2007年、バルカン半島の民族共栄を願ってバルカン室内管弦楽団を設立。同時にサラエボフィル、アルバニア放送響、セルビア放送響、プラハ響、サンクトペテルブルグ響などに客演し、旧ユーゴを中心に活動。現在、バルカン室内管弦楽団音楽監督、コソボフィルハーモニー交響楽団首席指揮者。
オフィシャルHP /https://toshioyanagisawa.com/
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取材/文:岡本麻佑
国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。
撮影:萩庭桂太
1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
http://keitahaginiwa.com/