もうひとつ、橋本恵史には別の顔がある。カンボジアを中心とした途上国の、音楽教育普及活動に尽力しているのだ。スローガンは『世界の学校に音楽を』。
「ドイツの留学中に、ちょうど日本では民主党の事業仕分けがあって、芸術音楽関係の予算も大幅にカットされたんです。それに反対する署名活動がドイツにも回ってきたんですが、僕はそれに素直に署名できなかった。そうやってここぞとばかり声を上げるより、もっと日常的に、恒常的に、音楽の必要性をアピールする必要があるのではないか、と思ったからです。で、いろいろ考えました」
 小学校の音楽の時間に使うハーモニカとかリコーダーは、卒業後はたいてい、家のどこかにしまい込まれている。それを回収し、きれいにしてから、音楽の授業が存在しない国の学校に届けたら、どうだろう? その国に音楽教育を作り、根付かせて、音楽の授業を通して子どもたちが成長できたら、音楽教育の意味や価値が、わかるのではないか、と。
 音楽仲間とふたりで始めたこの活動、いまのところはまだカンボジア一国に留まっているけれど、成果は目に見えているという。
「確実に協調性が生まれますね。人の演奏を聴くようになるし、良いものに拍手を贈ることを覚えてくれる。そして笛にしてもハーモニカにしても、人と違う音を出しながら、一緒にひとつの音楽を作るということは、彼らにとってすごい体験なんです。たとえば国歌を歌うように、みんなで同じメロディを作る経験はあったとしても、誰かが伴奏する中で誰かがメロディを吹くとか、めいめいが違うメロディを吹いて、それが一緒になってひとつの音楽になるというのは、すごく良い体験になります。協調性という言葉ではくくれないくらい、貴重なことだと思います」