今日の写真は十代目松本幸四郎さんとの2ショット。舞台を降りてきたばかり、カツラを外し、役の装束のまま、藤舎貴生となにやら話して盛り上がっている。藤舎貴生の取材なら、と、萩庭の撮影を快くOKしてくれた。どうやら幸四郎さんにとって藤舎貴生は、信頼のおける大事な仲間のようだ。

 藤舎貴生は一度だけ、囃子方以外の生き方を夢見たことがある。
 幼い頃からずーっと歌舞伎の舞台を観ていて、惚れ込んだ歌舞伎俳優がいた。三代目市川猿之助(現・二代目市川猿翁)だ。
「今の市川猿翁さん、香川照之さんのお父さんです。僕はあの方の大ファンで、小学生の頃から追っかけをしていました。中学2年のとき、京都南座に顔見世興行で20何年ぶりに出演されたんです。夜の部に『黒塚』を演られて、それを僕は17回観に行きました。家が先斗町で近所、南座まで走れば2分なんです。7時20分くらいからかかる芝居で、その時間になるともう、居ても立ってもいられない。家庭教師が来るのもすっぽかして、家を抜け出しました。父の仕事場ですから僕も楽屋口からフリーパスで入って、2階席、3階席にまわって、空いてる席を見つけては、そこにちゃっかり座ってね。で、とうとう思いあまって、楽屋までお邪魔したんです。親に内緒で僕を部屋子にしてください、とお願いしました」
 部屋子というのは、芸養子のようなもの。弟子として修行を積んで、いずれは歌舞伎役者になる。今は養成所などもあり、歌舞伎役者への間口は広がったけれど、当時はそれが一番の方法だった。
「でもその場で、『あなたはお父さんの跡を継ぐ使命があるでしょう』と返り討ちにあいました(笑)。シュン、として帰ったのを覚えています。猿之助(現・猿翁)さんの舞台で父とよく仕事をしていたので、僕がどこの誰か、よくご存じだった。子どもの一過性の熱だと思われて、真に受けてもらえなかったのかもしれません。僕にとっては神様でしたから、神様がそうおっしゃるのに逆らうこともできなかった。でもよくよく考えると僕は、歌舞伎がやりたかったというより、猿之助(現・猿翁)さんの側にいたかった。弟子になりたいだけだった、というほうが正しいかな。本当に純粋な、一途な思いの日でした」
 その後、横笛奏者として、市川猿之助(現・猿翁)さんと〝お仕事でご一緒させていただくことが叶った〟のが、スーパー歌舞伎の音楽録音だった。
「スタジオ内で、ずーっと猿之助(現・猿翁)さんを目で追っていました。あれこれ指示している姿を、うっとり見ていましたから、ストーカー的なファンが現場に入り込んでしまったような状態でしたね(笑)」
 念願が叶ったのは2012年、『幸魂奇魂』というCDをプロデュース、出版したときのこと。
「ジャケットに三代目市川猿之助として寄稿文をいただくことができたんです。お身体のお具合が心配されていましたので、ダメモトでお願いして、ようやく叶いました。猿翁という名跡を継ぐ直前、ギリギリでした。どうしても僕の仕事に、三代目市川猿之助という名前を刻みつけたかったんです。ま、最後のあがき、みたいなものですね(笑)」

  • 出演 :藤舎貴生  とうしゃ きしょう

    1970年生まれ。京都市出身。東京藝術大学卒業。歌舞伎音楽、日本舞踊の横笛(能管、篠笛)の演奏家。古典音楽のみならず林英哲、DJ KENTARO、村治佳織らとの共演も果たす。EXILE USA、黒田征太郎、武田双雲など異種アーティストとのコラボも多い。作曲家としてCM音楽、東京コレクションでの音楽も担当。またプロデューサーとして『未来創伝』などの公演を企画、CD『幸魂奇魂』は第54回日本レコード大賞企画賞を受賞している。

  • 【公演情報】
    『有頂天會』
    2018年12月15日(土)一部 11時開演/二部15時30分開演 
    京都先斗町歌舞練場にて。
    特別出演 松本幸四郎・尾上菊之丞
    問い合わせ https://tosya-kisho.com/

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    取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/