#1 時代を超える笛吹き男
囃子方・横笛奏者 藤舎貴生
- Magazine ID: 3810
- Posted: 2018.12.10
インタビューは銀座のど真ん中、もちろん洋服姿で現れた藤舎貴生を見て、何をしている人なのか、まったく想像がつかなかった。ただのオジサンにしてはオシャレだし。雰囲気がサラリーマンじゃない。品が良くて、自由人ぽくて、粋とか洒脱とか、そういう形容詞が似合いそう。強いていえば、老舗企業の後継者、みたいな。
「そうですね。らしく見えるのって、嫌なんです。すごく嫌です。〝いかにも〟っていうのは好きじゃないので、よほどじゃないと、自分の素性は明かしません。聞かれない限り、言いませんね」
でも、YEOに出ちゃったからには、明かさないと。
藤舎貴生さんは、邦楽囃子方の横笛奏者。歌舞伎はあの派手な化粧と特有の台詞回しが印象的だけど、役者たちはみんな、三味線や長唄、囃子方の音や歌に合わせて台詞を言ったり踊ったり芝居をしている。つまりBGMというより、歌舞伎における音楽というのはもっと大きな役割を果たしているわけで。演奏しているみなさんは、歌舞伎役者と同じように、幼い頃からどっぷりと邦楽に浸って成長してきた人が多い。
「藤舎流という流儀そのものが僕の、祖母の弟が起こしたものなんです。ですから僕が2歳頃のときの写真を見ると、周りには太鼓とか鉦が転がっていて、その中で遊んでました。実家は京都の先斗町にあって、一緒に住んでいた祖母が長唄の師匠、父は鼓とか太鼓ですし、母も長唄をやっていた。ですからいつも邦楽が流れていたし、いつでも稽古ができるという環境でした」
東京藝術大学の邦楽科を出るまでは、父と同じ太鼓や鼓を担当。だけど卒業と同時に、藤舍貴生として自分の楽器を〈笛〉と決めた。
「笛が一番、言うことを聞かなかったからです。僕はなまじっか器用になんでもこなすところがありまして。でもそれが弱点なんです。あの、もちろん器用だというのは武器にもなるんですが、器用だと毎日の稽古がおざなりになるんです。一夜漬けで受験が間に合ってしまうようなもので、常日頃の努力をしなくなる。人よりできるな、と自覚してしまった段階で、僕はあぐらをかいちゃう。これじゃダメだなって」
慢心するわけにはいかない、大きなトラウマとなった事件があった。
「笛の初舞台のとき、僕の笛は全然鳴らなかったんです。もう、一生の汚点です。全然音が出ないのに、幕を下ろしてもらえない。本当に、穴があったら入りたいと思いました。中学の3年くらいだったかな。比較的それまでは、エリート街道を歩いていたんですよ。世間さまから天才少年だとか神童だとか言われて、それが笛で挫折したわけです。だから本当は、今でも吹くのが怖いです。怖くて怖くて、そのときの思いは絶対に忘れられません」
笛はとことん繊細な楽器で、今でも体調によって、音の出方が全然違うのだとか。その日の現場で、唄う人や三味線の音程に合わせる必要もあるので、公演によっては笛を30本以上(!)持って行くこともあるという。
「毎日安定して鳴らすだけでも大変なんです。体調も影響しますね。朝イチには鳴らない。何時間か吹いて、身体の代謝が良くなると、だんだん良い音が出るようになります」
今週のYEOは、この横笛奏者・藤舍貴生をクローズアップ。囃子方の人の話をじっくり聞けるなんて、YEOならでは。金曜日までの連日更新を、お楽しみに!
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出演 :藤舎貴生 とうしゃ きしょう
1970年生まれ。京都市出身。東京藝術大学卒業。歌舞伎音楽、日本舞踊の横笛(能管、篠笛)の演奏家。古典音楽のみならず林英哲、DJ KENTARO、村治佳織らとの共演も果たす。EXILE USA、黒田征太郎、武田双雲など異種アーティストとのコラボも多い。作曲家としてCM音楽、東京コレクションでの音楽も担当。またプロデューサーとして『未来創伝』などの公演を企画、CD『幸魂奇魂』は第54回日本レコード大賞企画賞を受賞している。
【公演情報】
『有頂天會』
2018年12月15日(土)一部 11時開演/二部15時30分開演
京都先斗町歌舞練場にて。
特別出演 松本幸四郎・尾上菊之丞
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取材/文:岡本麻佑
国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。
撮影:萩庭桂太
1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
http://keitahaginiwa.com/