数日後、小屋入りするとの情報を得ていたので、公演会場である吉祥寺シアターへ行く。
別に特別行きたかったというわけでもないが、ただどうしても気にかかってしまったのだ。
私は敢えて朝一番、いわゆる搬入と呼ばれる時間に通行人のふりをして劇場の前の電信柱から双眼鏡で様子を眺めることにした。
すると稽古場で演技をしていた俳優たちが次々とやってきて、
トラックが到着する度に、屈強なスタッフ陣と共に、じゃんじゃか荷物を下ろして行くのだ。
その中には長塚くんは勿論、主演の中村まこと氏、
長年阿佐ヶ谷スパイダースのメンバーであった中山祐一朗氏や伊達暁氏も加わり、寧ろ率先して働いている。
新しいメンバーもキビキビと仕事に従事しているというわけだ。
まあおそらく搬入というのはなかなかに人手を要するものだから劇団員総出となってということはあるのだろう。
そのまま張り込みを続けていると、確かに舞台装置が立ちあがるところまでせっせと皆同等に働き、
また衣装やら小道具やらの細かい作業も一丸となってやっている。
所謂「劇団」と言われるものの光景である。
はあ、まあ、こういう原初に帰りたかったのか。
様々な経験を積んだ上で、今ではすっかり人任せになってしまった仕事を、
改めて大切にしようということなのである。
まあそれはそれでいいことなのかもしれない。
長塚くんはそもそも安定のようなものを毛嫌いしているところがあるゆえ頷けないこともない。
見えなくなってきてしまったものを敢えてもう一度見えるところへ持ってくる。
スーパーでレタスを買う前にそれが何処から運ばれて、そのレタスが何処で育って、
いつそのレタスの種を植えたかを若者たちとベテラン勢と共に改めて知ろうということか。
ふむ。レタスは別に意味はないけれど。などと思った時には夏の夜はすっかり更けてしまっていた。
私も物好きだ。劇場近くの居酒屋で一杯のつもりが深酒をし、吉祥寺の甘い闇に溶けたのだ。

  • 出演 :阿佐ヶ谷スパイダース  あさがやすぱいだーす

    1996年、長塚圭史と伊達暁を中心に〈演劇プロデュース・ユニット〉として結成、「アジャピー・ト・オジョパ」にて旗揚げ。1998年より中山祐一朗が参加。2004年、長塚が第15回公演「はたらくおとこ」の作・演出にて第4回朝日舞台芸術賞などを受賞。2016年までに全25作品を上演。2017年5月、旧知の仲間がメンバーとして加入し、‹劇団〉化。2018年、オーディションを経た新メンバー加入。同年8月「MAKOTO」上演。

  • 公式ホームページ・http://asagayaspiders.com/

  • 【公演情報】 阿佐ヶ谷スパイダース「MAKOTO」
    作・演出:長塚圭史
出演:中村まこと、大久保祥太郎、木村美月、坂本慶介、志甫真弓子、伊達暁、ちすん、長塚圭史、中山祐一朗、藤間爽子、森一生、李千鶴

    東京公演:2018年8月9日(木)~20日(月)吉祥寺シアター
大阪公演:2018年8月25日(土)・26日(日)近鉄アート館
新潟公演:2018年9月1日(土)りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館
    神奈川公演:2018年9月7日(金)~9日(日)KAAT神奈川芸術劇場〈大スタジオ〉
    まつもと公演:2018年9月29日(土)・30日(日)まつもと市民芸術館

    公演詳細について→ http://asagayaspiders.com/stage.html

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    文:葛河梨池

    小説家。葛河思潮社代表。虚構と現実を演劇的に旅することが可能な数少ない作家である。恐怖小説で人気を博した。近作に『小夜更方棘奇譚』など。現在は壮大な幻想小説の構想に着手している。長塚圭史の作品『アンチクロックワイズ・ワンダーランド』や『あかいくらやみ〜天狗党幻譚〜』に登場した。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/