友人の女性編集者からメールが届いた。

「ショック! イ・ビョンホン結婚だって」

 なにがショックなんだかわからない。

 だいたい、結婚はおろか、1、2回取材しただけで、付き合ってるわけでもないのに。しかし、実は私もそのニュースに一瞬心が曇ったことは記しておこう。なんたってその少し前、この連載に昨秋登場していただいたあの憧れの大江千里さんも結婚してしまったのだから、いったいこの先なんの光明があるだろうか。風立ちぬ。いざ、生きめやも、である……。

 さて、「イ・ビョンホン」から書き始めたのには理由があった。

 件の女性編集者とともにソウルまで行き、彼を2度取材したことがあるのだが、そのしっかりした独自の演技論に痛く感じ入ったものだったのだ。

 いやー、語る、語る。イ・ビョンホンは。

 なんでも彼の国には大学に正規の学部としての芸能科があり、韓流スターと呼ばれる人たちはそこで演技をしっかりと勉強した人が多いのだという。よく考えれば、アメリカの大学にもそういう学部があると聞いたことがあるし、中国の役者もほとんどが演技を大学で学んで表舞台に出てくるらしい。

 今週登場する玄里(ヒョンリ)は、韓国の血をもちながら日本に生まれ、やはり韓国の大学に演技を学びに行った26歳。すでに日本でも韓国でも映画などで活躍、今回の大河ドラマ『八重の桜』にも出演して好評だ。

 ハギニワ事務所で待ち合わせの約束をしていた。事務所の扉を開けると、向こう意気の強そうなすっぴんの表情がまっすぐこちらを見ていた。

 挨拶してしばらくすると、玄里はこんなことを言った。

「会った瞬間に好きか嫌いかわかりますね。いまは嫌い、はそんなにないです。20歳を過ぎるまでは嫌い、も多かった。お芝居を始めて、人を好きから入れるようになりました」

 20代前半まではどうして「嫌い」が多かったんだろう?

「この世に生れ落ちるとき、人には、選べるものと選べないものがある。黙って受け入れるしかないものがある。選べなかったものたちをどうしても自分自身が受け入れることができなかったときは、周りのすべてが憎かった。私の気持ちなんてどうせ分からない、と思ってました。でも、芝居を始めてすこし考え方が変わりました。全然違う環境で育った人も、全然違う物の見方をする人も、肌の下で感じるものは一緒なんだと分かったんです。心の柔らかい部分に下りて行けば行くほど、みんな一緒なんですよね。そう思うと、私はひねくれていたし、甘えていたんだな、分かってもらえるまで伝えていなかったのは自分だ、と思うようになったんです。きっと伝わる、と信じる力。それは想像力や集中力とともに、役者にとってとても大事なものだと思うようになりました」

 この人は手強いぞ、と私は思った。と同時に、私はこの人の「生きめやも」ではない「生きねば」というエネルギーにぐいぐい引き寄せられていた。

  • 出演:玄里(ヒョンリ)

    1986年東京都生まれ。韓国籍。青山学院大学法学部卒業。4年時に韓国・延世大学に留学、映像演技を専攻。英語、韓国語、日本語を話す。韓国映画、日本映画に多数出演。今年になって『夜の途中』『水の声を聞く』の主演作の他4本の映画が公開されている。大河ドラマ『八重の桜』では西郷由布役を好演、ますますの飛躍が期待されている。ケイダッシュグループのアワーソングスクリエイティブ所属。
    http://www.oursongs-creative.jp/profile/hyunri/

  • 取材・文:森 綾

    大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て、92年に上京後、現在に至るまで1500人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には『マルイチ』(マガジンハウス)、『キティの涙』(集英社)(台湾版は『KITTY的眼涙』布克文化)など、女性の生き方についてのノンフィクション、エッセイが多い。タレント本のプロデュースも多く、ゲッターズ飯田の『ボーダーを着る女は95%モテない』『チョココロネが好きな女は95%エロい』(マガジンハウス)がヒット中。
    ブログ「森綾のおとなあやや日記」 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

ヘアメイク:茂手山貴子 http://moteyama.com/
撮影協力:ユーロスペース http://www.eurospace.co.jp
撮影:萩庭桂太