告知
藤森香衣
- Magazine ID: 1273
- Posted: 2013.06.11
2012年11月。しこりの石灰化が見受けられたため、藤森香衣さんは前回とは別のある有名な病院を訪れた。
「しこりに直接針を刺して細胞検査をしたんです。一週間後に結果を聞くため、また病院へ行き、待合室で待ちました。ところがなかなか呼ばれないんですよ。私より後に検査を受けたはずの人が呼ばれていく。『ああ、よくないんだな』と思いました。1時間以上待たされて呼び出されたときは、ある程度覚悟はしていました」
医者の答えは「残念ですが……」という言葉から始まった。乳房に非浸潤ガンがある。ただし、ステージ0。
「非浸潤だから転移の可能性は低い。もちろん、モデルという仕事のこともあるし、怖かったです。でも、ガンがあるとわかったらまずもう取っちゃおうと」
彼女はある大病院を選んだ。
「そこで遺伝子の説明を聞きました。私の場合、もう片方もガンになる確率が高い。『アメリカだったら人によっては両胸を全摘します』と。卵巣ガンになる確率も高いので、卵子凍結も視野に入れてはと言われました。若い女医さんで、すべて『切る』が前提。検査した病院では4分の1の切除で済むと言われていたのでショックでしたね。それと、私が表に出る仕事をしているという話をすると『何に出てるんですか』とか聞かれて、ちょっと不快な気持ちがしました。こちらは生死の境にいるような気持ちなのに」
そこで彼女はまた転院を選んだ。友人に紹介してもらったがん研有明病院だった。
「がん研有明病院では『まずは悪いほうの右胸の治療を考えましょう』と言ってくださった。でもMRIを受けると、最初のしこりのあった脇寄りの場所以外に乳首の下にも2個ガンがあったんです。それがわかったときはもう『全部とっちゃってください』と、自分から言っていました」
モデルという仕事をしている人は、人の何倍も何十倍も自分の身体に対して敏感であるにちがいないと想像する。特に見た目の形は。
「お風呂に入るたびに、まだある自分の胸を見ては落ち込みました。私、11歳からモデルをしているから、自分を商品として見ているんですよね。その後の仕事で迷惑をかけないだろうか。自分自身の体の問題よりもそちらのほうばかり気になりました」
彼女の気持ちはいかばかりだったろうと胸が痛むが、そこに光の射すような、一つの救いがあった。
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出演:藤森香衣
モデル。1976年東京都生まれ。11歳からモデルを始め、広告、CM、テレビを中心に活動。CM出演は70本を超える。テンカラット・プリューム所属。
http://tencarat-plume.jp/models/details/hujimorikae.shtml
藤森香衣オフィシャルブログ「白花の薫り」
http://ameblo.jp/kae-fujimori/day-20130404.html -
取材・文:森 綾
大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て、92年に上京後、現在に至るまで1500人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には『マルイチ』(マガジンハウス)、『キティの涙』(集英社)(台湾版は『KITTY的眼涙』布克文化)など、女性の生き方についてのノンフィクション、エッセイが多い。タレント本のプロデュースも多く、ゲッターズ飯田の『ボーダーを着る女は95%モテない』『チョココロネが好きな女は95%エロい』(マガジンハウス)がヒット中。
ブログ「森綾のおとなあやや日記」 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810
撮影:萩庭桂太