大阪の女はちくわぶが嫌い
高畑充希
- Magazine ID: 1102
- Posted: 2012.07.17
撮影は萩庭桂太の事務所兼スタジオから始まった。カメラを向けると、ものすごい目力だ。思わずファインダーから目をはずして、萩庭が叫んだ。
「目が濃っ」
少女っぽいのか少年っぽいのか、それとも大人なのか。なんだかわからない、いや、なんにでもなれそうな不思議な存在感がある。
「歌って」とみんなで拍手すると、「え。ここでですか。はい、いきますよ」と、堂々とミュージカル『ピーターパン』の中の一節を歌ってくれた。
この落ち着きは高校生の頃から東京暮らしが始まったせいなのだろうか。
本来ならば、大阪の女は大阪から出ていくことに相当な抵抗感があるものである。それは他府県からの上京組とは圧倒的に違う。その昔『大阪で生まれた女』という歌で、たかだか上京する男についていくだけの決心を語るために13番まで歌詞があるほどに、大阪の女は「大阪」にこだわるものなのである。
いやひょっとしたら、それはもはや過去なのかもしれない。携帯であっという間に家族の声を聞くことができ、ウェブで情報がすぐにたぐりよせられ、飲食店も似通ったチェーン店が立ち並ぶ今、大阪の女は「大阪」にそれほどこだわらなくなったのかもしれない。
20年前に上京し、背脂の泳ぐラーメンや甘い卵焼きや真っ黒のそばつゆにいちいちうちひしがれていた自分を思うと、彼女の軽やかさの前にまたうちひしがれる思いがした。
しかしである。「東京の食べ物、大丈夫でした?」と、私が尋ねると、うれしい答えが返ってきた。
「おでんの“ちくわぶ”は、わかりませんね」
「で、でしょーっ!!!!」
私はうれしくて大きな声を出した。彼女はうなずいて言った。
「むちむちしてるだけで、美味しいかまずいか、さっぱりわかりませんね」
「ほんまに……」
だいたい、ちくわぶってやな。自分はなんにもないクセに他人様のダシを吸うてるあの依存体質が気に入らんねん、と私は憤慨を続けた。盛り上がる大阪女のちくわぶ攻撃の前に東京男の萩庭桂太は「ま、まあね。でも、まあ食べるけどね……」とか細い声でちくわぶを庇うのであった。
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出演:高畑充希
1991年大阪府生まれ。AB型。山口百恵トリビュートミュージカル『プレイバックpart2~屋上の天使』主役オーディションでグランプリ。2005年12月にデビュー。数々の舞台でヒロインを務め、ドラマ、映画にも出演。声優、歌手としても活躍。7月20日から東京国際フォーラムで始まる『ピーターパン』で6年目の座長をつとめる。11月18日からは東京・青山劇場『アリス・イン・ワンダーランド』にも出演。ホリプロ所属。
ミュージカル『ピーターパン』2012公式サイト
http://hpot.jp/peter/top.html -
取材・文:森 綾
1964年8月21日大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て、92年に上京後、現在に至るまで1200人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には女性の生き方についてのノンフィクションが多い。『キティの涙』(集英社)の台湾版は『KITTY的眼涙』(布克文化)の書名で現在ベストセラー中。
http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810
撮影:萩庭桂太