ヴァイオリンの音色は、弾く人によって異なるという。それは技術の差ではなく、体型の違いでもなく、弾き方でもなく、その人だけの持つ個性。式町水晶の音色は、彼だけのものだ。彼にヴァイオリンを手ほどきしてくれた中澤きみ子、中西俊博両氏も、まずは彼の音色に魅せられたという。何もできないうちから、その音色は人々を魅了していた。
 ところが。
「大荒れの時代に、中西先生から言われたんです。『音がキツくなったね。みっくん(水晶)の持ち味は優しくてあたたかい音色なのに。良い意味でパワーがあるけど、どうしたの?』。そこで僕が学校でいじめられていること、身体もいつまで動くかわからないし、健常者を見返すために残りの人生使いたいって、本音を全部ぶちまけたら、中西先生が泣いてくれたんです。『僕は障害を持っているみっくんの気持ちを分かってあげられない。ごめんね。本当に辛いんだろうね』って。そう言われた瞬間に、僕もがーっと泣いてしまった。そんな言葉を他人からかけてもらうの、初めてだったんです。そして先生が僕のために泣いてくれる姿を見たら、心が晴れてきて、自分の価値観を変えてみようかな、と思った。それに周りをよく見れば、中西先生もきみ子先生も他にもたくさん、僕を支えてくれた人がいて、その人たちみんな、健常者なんです。それを忘れていたなんて、マヌケ過ぎますよね(笑)」
 さらに、心を入れ替えるもうひとつの事件があった。2011年3月11日、東日本大震災だ。報道映像を見て、いてもたってもいられなくなった彼は、母親と祖母と一緒に3ヶ月後、被災地に向かった。
「愛する人を失い、財産を失い、途方にくれているはずの被災地の皆さんが、それでも僕を見て、僕の演奏を聴いて、僕の話を聞くと、励ましてくれるんです。いたわってくれるんです。自分たちのほうがよほど大変なのに。その純粋さに触れた瞬間に、自分はなんて情け無い人間なんだろうって、反省しました。いつか自分がコンサートを開くことができたら、必ず東日本大震災のチャリティーコンサートにしようと誓った。それは2年後に実現できました」
 そしていつのまにか彼のヴァイオリンの音色は、もとの優しい音色に戻っていた。

  • 出演 :式町水晶 しきまち みずき

    1996年、北海道生まれ。3歳のときに脳性マヒ(小脳低形成)と診断され、5歳のとき網膜変性症・眼球運動失調・視神経乳頭陥凹拡大(緑内障)が見つかる。リハビリの一環として4歳からヴァイオリン教室に通い始める。8歳で中澤きみ子氏に師事。10歳からポップスヴァイオリンを始め、中西俊博氏に師事。

    オフィシャルサイト(FBとTwitter情報あり)https://www.mizuki-shikimachi.com/

  • メジャーデビューアルバム●『孤独の戦士』4月11日(水)、キングレコードより発売。
    メジャーデビューアルバム発売記念コンサート●『式町水晶 孤独の戦士』ニッショーホール(日本消防会館)4月14日(土)15時30分開演

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    取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/