マリンスキー劇場の『若い歌手のためのアカデミー』で学んでいた彼は、日本へのツアーに参加。2008年、初めて来日した。
「私は日本のこと、何も知りませんでした。でも音楽と同じことが起こった。飛行機を降りて成田空港で一歩踏み出した途端、『ここだ!』と思ったんです。言葉もわからないし、まだ空港ですから街も見ていない。でも『戻ってきた、ついに戻ってきた』と体が感じました」
 とはいえ、ツアーの旅程はたったの5日間。ロシアに戻り、その後ドイツに留学するなど、日本への道は遠ざかるばかり。だけど心の中で〝日本に行きたい〟と繰り返し念じているうちに、ドイツで日本人ピアニスト福間洸太朗と知り合い、そのツテで何度も来日。やがて2015年、日本に移り住むことを決めたという。
「日本語をマスターしようと教科書を買って、すぐにこれは無理、と投げ出しました。漢字が本当に難しくて。でも住むようになって、だんだん上達したのだと思います。クリーニング屋さんも、いつも知り合いと一緒に行ってもらっていたんですが、半年くらいしてからひとりで行きました。するとそのクリーニング店のオバサンが、店中の人を呼んで、『見て、見て、ヴィタリがひとりで来たよ!』って。まるで僕が5歳の男の子みたいに(笑)」
 好きな日本食は、普通のおにぎりと親子丼。美空ひばりが大好きだけれど、彼女へのリスペクトがあまりにも大きくて、美空ひばりの歌はレパートリーには入れずにいるという。
「私が日本好きだというと、たいてい、君は日本をよく知らないからだと言われます。でも、日本のこと、知れば知るほど好きになる。予想を裏切ってゴメンナサイ(笑)」
 でも、クラシック歌手の本場はヨーロッパのはず。日本でクラシック歌手として働くのは、大変じゃないの?
「ヨーロッパより、楽しいです。日本では、本当に音楽やりたい人しかやっていない。他のことができないから音楽家、という人と日本で会ったことがありません。ヨーロッパにはけっこう、います。それに観客のレベルも高いです。シーンと、集中して聴いてくれるのは、日本だけ。それに僕の歌を聴いて、泣いてくれる人がいる。女性はセンシティブですから驚きませんが、男性でも『僕の母親が好きな曲でした』と、泣いてくれます。素晴らしい感性です。それに日本人は、桜の花びらが落ちるのを見るように、美しいものをちゃんと見る文化がありますよね。あ、それに、日本の文化は自然と仲が良い。ヨーロッパでは人間と自然は対立して、自然を征服するのが人間だと思っていますけど、日本は人間を自然の一部として捉えている・・・・」
 日本の良いところ、教えてくれて、ありがとう!

  • 出演 :ヴィタリ・ユシュマノフ

    サンクトペテルブルグ生まれ。マリンスキー劇場の若い声楽家のためのアカデミーで学ぶ。ライプツィヒのメンデルスゾーン・バルトルディ音楽演劇大学を卒業。2013年の秋以来度々来日し、各地で公演。2015年春より日本に拠点を移した。「ドン・カルロ」のロドリーゴ、「ドン・ジョバンニ」の主役でオペラに出演。2017年3月びわ湖ホールオペラ「ラインの黄金」ドンナーを演じ、5月には「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」にも出演。日本トスティ歌曲コンクール2015第一位及び特別賞、第14回東京音楽コンクール声楽部門第二位、第52回日伊声楽コンコルソ第一位及び最優秀歌曲賞受賞。今年3月には日本の歌曲を集めたCDをレコーディングする予定。
    ホームページ http://vitalyyushmanov.com/

    〈公演情報〉
    『ヴィタリ ロシアの魂を歌う』
    関西公演2018年3月14日(水)14:00開演(13:30開場)びわ湖ホール
    東京公演2018年3月15日(木)14:00開演(13:30開場)オペラシティリサイタルホール
    問い合わせ:株式会社ジョイフル・アーツ http://joyfularts.co.jp/

  • 歌劇『イオランタ』(演奏会形式/日本語字幕付)にエブン=ハキア役で出演
    6月12日(火)18:30開演 サントリーホール

  • YEOからお知らせ:YEO専用アプリ

    このYEOサイトにダイレクトにアクセスするためのスマホ・タブレット用の無料アプリです。
    とてもサクサク作動して、今まで以上に見やすくなります。ダウンロードしてください。
    iOS版 iOS

    Android版 Android

  • 取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/