オーボエ奏者を辞めたときも、指揮台から降りたときも、宮本文昭は潔い。その理由が知りたかった。
「時代小説が大好き。サムライが好きなんです。その精神性、武士道、ですね。己の本分を知り、立つべき時を見極め、ここぞという時に存分に闘い、散るべき時に思い切りよく散る。もうね、泣けてきます。徳川家康とか豊臣秀吉とか、功成り名を遂げるヤツは、あまり好きじゃない。道なかば、志なかば、何事もなしえなかった人こそ、美しいと思う。源義経、武田信玄、上杉謙信、織田信長、明智光秀。別に、失敗することが良いって言うんじゃなくて、ね。でもなにか、こういう人たちこそ打算とか、魂を売るとか、根回しとか苦手そうで、純粋な感じがするんですよ。いいよ、わかってるよ、俺は応援してるよって思いながら、そういう人たちの本を読むのが大好きなんだ。これで答えになっているかな(笑)」
 なるほど。武士道というキーワードを軸に置くと、彼の生きてきた軌跡が、至極当然のものに見えてくる。宮本文昭の中にも、きっとサムライがいるのだ。オーボエを刀に、指揮棒を武器に、世界各国のオーケストラと切り結び、クラシック、ジャズ、ポップスとさまざまな音楽と闘ってきた。
「吹いてるときも振ってるときも、時々、目が怖いって言われました。曲の本質が乗り移った瞬間、異常者みたいな目になる。狂気をはらむ、というのかな。あまり普通じゃなくなっていたみたい。自分では冷静でいようと思うし、ぎりぎりバランスも取っているつもりだけれど、でも、そういう状態になれるのが、逆にうれしかったりもしてね」
 そして、これから。
「最近、素晴らしい俳優さんが亡くなるニュース、ありましたよね。生きている間は本当に、この人じゃなきゃこの役は無理だ、と思う。でも死んでしまったら、誰か別の人がその役を演じて、誰も困らないんだ。そうやって世の中は進んで行く。いくらでも替えが効く。そういうものだと思うんです。俺だけ特別だ、なんて思いませんよ」
 なーんて言いながら、まったく別の、新しいことを始めるのかも知れない。
 宮本文昭のスコアは、続いていく。

  • 出演 :宮本文昭 みやもと ふみあき

    東京生まれ。18歳でドイツに留学し、フランクフルト放送交響楽団、ケルン放送交響楽団、サイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団などの首席オーボエ奏者を歴任。2000年から本拠地をドイツから日本に移し、JTアートホールのプランナー、小澤征爾音楽塾の主要メンバーとして活躍。2007年3月末をもってオーボエ奏者としての演奏活動を中止。指揮者として精力的に活動を始め、2012年より東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団初代音楽監督に就任。2015年3月末をもって指揮者としての活動を引退した。2000年4月より東京音楽大学音楽部音楽科器楽専攻管・打楽器オーボエ教授として教鞭を執ってきた。次女はヴァイオリニストの宮本笑里。

    〈撮影協力〉東京音楽大学

  • 【公演情報】
    東京音楽大学 創立111周年記念演奏会シリーズ「木管ソロ・室内楽演奏会」
    中目黒・代官山キャンパスTCMホール
    6月30日(日)15時開演 指揮:宮本文昭 演奏:東京音楽大学教員および関係者
    曲目:R.シュトラウス/「13管楽器のためのセレナード」 モーツァルト/セレナード第10番「グラン・パルティータ」ほか
    入場無料、全席指定(要座席整理券) 5月31日より一般受付開始
    ■ チケットの申し込み 東京音楽大学HP演奏会のページより

    https://www.tokyo-ondai.ac.jp/cms/wp-content/uploads/2019/05/111woodwind.pdf

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    取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/