程嶋のジャズは本格的かつ、オーソドックス。聴いていると元気が出る。ワクワクする。演奏だけでなく作曲もする彼女にとって、ジャズは人を幸せにする最高の音楽だ。
震災以後、プロのジャズミュージシャンとして快調に飛ばしていた程嶋日奈子に昨年7月、突然、想定外の事態が襲った。
「めまいと、耳の痛みでした。すぐに、これは大変なことかもしれない、と感じました。最初に行った町医者には、『外耳炎です』って言われたけど、そんなはずない、って思いました。さらに、だんだん顔がうまく動かなくなり、Facebookで病状を報告したら、萩庭さんからメッセージをいただいて、『すぐに医者に行け』と言われました。『帯状疱疹です、と自己申告すること。特にラムゼイハント症候群は、よくわからない医者が多いから』と」
 実は萩庭氏自身も、同じ病気の経験者。6年前、右の頭部にぴりぴりとした違和感、そして右耳の痛みに始まりそれから耐え難い激しい頭痛、いくつもの病院で診察しても原因が判明せず、やっと歯科医師に帯状疱疹と指摘された。治療開始後に後遺症が出て飲み物が飲み込めない、声帯が動かないという症状に襲われ約1年の間、声をなくしていた。その後ほとんど快方に向かい声を取り戻したが、今も咳の発作や声が出づらいなどの症状が残っている。
 帯状疱疹は、子どもの頃かかった水ぼうそうのウイルスが体内に居座り、それが数10年後に再び活発化することから起こる病気。引き金は加齢やストレス、過労や病気によって免疫力が低下することだ。顔面の三叉神経や脊髄神経、坐骨神経など、ウイルスが潜伏していた場所によって発症する個所が異なるので、症状は人それぞれ。程嶋や萩庭は、その帯状疱疹によって末梢性顔面神経麻痺が引き起こされる、ラムゼイハント症候群と呼ばれるものだった。完治率は6割。2万人にひとりの発症率と言われているけれど、〝最近はもっと増えているんじゃないかな〟とは、萩庭氏の個人的感想だ。
「医者に行くと、『治らないですよ』と初めに言われました。『治る』って言ってしまうと、治らなかったときに大変なので、そう言うんでしょうね。でもそう言われた私は〝終わったな〟と思いました。しかもそこから1週間、症状はどんどん悪くなるんです。毎日午前中は点滴して、午後は寝ていました。めまいがひどくて電車にも乗れない。しかも薬のせいか、すごく疲れるんです」
 その後、症状は安定したものの、顔面マヒやめまいは続いた。
「私の場合は外科手術するかどうかギリギリのところまで悪いと言われました。でも外科手術をすると、高い確率で聴覚に障害が出るそうなんです。私はミュージシャンなので、耳が聞こえなくなるのは困る。じゃあ耳を大事にしようと思って、私は顔を諦めました」
 以来、同じ病気の経験者から情報を得て、鍼に通い、タイ古式マッサージを受けるなど、さまざまな療法を経験。発症からそろそろ1年経つ今、以前の7割程度まで回復しつつあるという。
「季節の変わり目は、つらいです。温度差が激しい日や季節の変わり目は、めまいがひどいし、朝起きてみないと、その日自分がどんな状態か予測もつかない。でも周囲が支えてくれています。病気になっても私を起用してくれる人がいてくれたし、ライブのお客さんからお見舞いをいただいたり、CDを大量購入してくれる友人がいたり。演奏のために人前に出続けているのも、大きな励みになっていると思います」

  • 出演 :程嶋日奈子 ほどしま ひなこ

    1982年、神奈川県藤沢市生まれ。4歳からピアノを、15歳からクラシックコントラバスを学び、早稲田大学モダンジャズ研究会に加入。大学卒業後、外資系コンサルティングファームで3年働いた後、退職。ジャズベーシストとして活動を開始した。ジャズビッグバンド・コンボはもちろん、クラシックやポップスなどジャンルを問わず多くのシーンで活躍中。

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    取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/