クラリネット・ソリストの彼には、作曲家としての顔もある。2015年の第84回日本音楽コンクール・クラリネット部門に出場した際は、自作の『ハンガリー幻想曲第1番』を演奏して優勝、観客から最も愛された証である岩谷賞(聴衆賞)も同時に受賞した。

「クラリネットのレパートリーは、もともと少ないんです。でも楽しい曲で臨みたかったので、思い切って自分の曲で勝負しました。リスキーなことですけどね。審査員が『自作の曲なんて生意気だ』と思ったらアウトです(笑)。でも覚悟を決めて参加したら、大丈夫でした。もともと私の父は民族音楽のクラリネット奏者ですから、小さい頃からたくさんのメロディと曲調を聴きながら育ちました。頭の中にはそういう音楽がいっぱい詰まっているんです」

さらに今年4月からは、東京音楽大学で後進の指導にあたっている。

「教育するということに、マジメに取り組みたいと思っています。教えるためのアイデアがたくさんあって、クラリネット奏者のための〝コハーンのメソッド〟も始まっています」

 26歳にして、ソリストとしての活動だけでなく、作曲も教育も。そしてこの先コハーンは、何を目指していくのだろう?

「未来へのプランが、ひとつあります。指揮者になることです。クラリネットを演奏する、楽器を演奏することはすごく素晴らしいことだし、楽しいこと。だけどそれがオーケストラだったら、もっともっと楽しいことなのではないかと思うんです。例えばベルリン・フィルも、カラヤンという偉大な指揮者が長年手塩にかけて育てたおかげで、世界でも有数のオーケストラになりました。指揮者とオーケストラが研鑽を重ねていくと、何かが変わる。その現場に指揮者として立ち会いたいという思いがあるんです」

 たくさんの可能性を秘めながら、コハーンは今日も明日も日本のどこかでステージに立ち、クラリネットを吹いている。身近なところで彼の演奏を聴くチャンスがあったら、ぜひ逃さずに聴いてみてほしい。あなたの知らなかったクラリネットが、そこにあるから。

  • 出演:コハーン・イシュトヴァーン(István Kohán)

    1990年生まれ。ハンガリー出身のクラリネット・ソリスト。6歳でハンガリー国立音楽学校に入学し、8歳で父の手ほどきでクラリネットを始める。以後、英才教育を受けながらクラスナ・ラースロー、サトマリ・ジョルト各氏に師事し、数多くの国際コンクールで優勝、入賞を重ねた。ハンガリー国立リスト音楽院卒業後、2013年7月より活動拠点を日本に移した。2016年3月東京音楽大学大学院修了。これまでに新日本フィルハーモニー交響楽団をはじめ多くのオーケストラとコンチェルトを競演。またソロリサイタルや室内楽の活動を展開する一方、2014年からは作曲家としても活動の幅を広げている。現在、東京音楽大学講師も勤めている。
    オフィシャル・ウェブサイト http://www.istvankohan.com/jap-home

  • 取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/