美しき故郷・坂城町へ (1)
小松美羽
- Magazine ID: 1588
- Posted: 2012.04.27
最後の撮影は、彼女の生まれ育った長野県の坂城町を訪れた。
長野新幹線の上田駅の隣町。千曲川の流れるこの町は、江戸時代には宿場町として栄え、現在はイトーヨーカドーの鈴木敏文会長の生地としても知られる。町には人口に見合うのかと思えるほど、セブンイレブンが立ち並ぶ。
「名物を食べてもらえませんか」
小松美羽はこの地元の撮影が決まってから、ずっとそう言い続けていた。
「名物ってなんですか」
「おしぼりうどんです」
おしぼり? 萩庭桂太も私も思わず顔をしかめた。ビニールに包まれたおしぼりを思い出したのであった。
「どういうおうどんなの」
「坂城でしかとれない、ネズミ大根という大根がありましてね。辛味大根の一種なんですけど、四角い感じでねずみのしっぽみたいに根っこがついてるんです。そのしぼり汁でもって、おうどんを食べるんです」
ネズミの嫌いな私はさらに心象を悪くした。
「なるほど、だからおしぼりうどんなのね。でもそのしぼり汁に、だしつゆを入れるんでしょう」
「いいえ」
「……」
そのやりとりにたまらなくなったように、マネージャーが口をはさんだ。
「その汁だけでうどんを食べるんですよ。それが無理っていう人には味噌もついてるんで、それを少し混ぜてもいいんですけど。基本、大根のしぼり汁だけで食べるらしいんです」
私は思わず聞いてはいけないことを口にしてしまった。
「美味しいんですか」
「……」
プロデューサーもマネージャーも目をそらした。小松美羽だけが不自然にはしゃいでいた。
「美味しいですっ。名物なんですから。食べてもらわないと困ります」
我々は気圧されるように「おしぼりうどん」のとある名店に入った。武家屋敷を改装したらしい、雰囲気のいい店だ。
「取材だからね……、ぼくはおしぼりうどん」萩庭桂太が意を決したように言った。こうなったら頼まざるを得ない。
「じゃ、私もおしぼりうどん」
マネージャーが言った。
「ぼくはおしぼりそば」
えっ、その裏切りはなんなんだ。私はしどろもどろになった彼を睨んだ。
「だってぼくは1回食べてますし」
やがておしぼりうどんがやって来た。その先のことはあまり書かないほうがいいような気がする。萩庭桂太は4度咳き込んだ。味を当地の言葉で表現すると「あまもっくらした味」だそうだ。
しかし皆さん、坂城名物おしぼりうどんを、一度は食べてみられることをお勧めしたい。ええ、一度は、あまもっくらを。
(取材・文:森 綾)
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出演:小松美羽
1984年11月29日、長野県生まれ。趣味は狛犬研究、漫画や小説の創作、なぎなた(北信越3位)、水泳と幅広い。女子美術大学短期大学部卒。2004年度 女子美術大学 優秀作品賞、日本版画協会版画展 入選。2012年 小松美羽作品展「画家の原点回帰 ~ウガンダ~」(オリンパスギャラリー東京・大阪)
http://www.miwa-komatsu.com -
取材・文:森 綾
1964年8月21日大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て92年に上京後、現在に至るまで1200人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には女性の生き方についてのノンフィクション『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)など多数。映画『音楽人』(主演・桐谷美玲、佐野和眞)の原作となったケータイ小説『音楽人1988』も執筆するほか、現在ヒット中の『ボーダーを着る女は95%モテない』(著者ゲッターズ飯田、マガジンハウス)など構成した有名人本の発売部数は累計100万部以上。
http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810
撮影協力:鉄の展示館 http://tetsu.town.sakaki.nagano.jp
撮影:萩庭桂太