新しい事務所に移り、初めてやれたのは、映像の仕事だ。

「映画もやらせてもらえて、すごくうれしいです。映像と舞台は全然違います。舞台は声を届けるというか、エネルギーを前に出さないと伝わらない。1人対500人、1人対1000人の規模ですからね。でも映画は1人対1人。伝え手の僕と、受け手のお客さんと。それは『クローズEXPLODE』の監督の豊田利晃さんがおっしゃっていたことなんですが。今、映画がすごくやりたいし、舞台はミュージカルだけではなくストレート・プレイもやりたいです」

 彼をストレート・プレイという次なる壁に立ち向かわせた人は、他ならぬ蜷川幸雄さんであろう。

「芝居のこと、まだまだわかってないと思うんです。新しい事務所で再スタートして2年目の春、蜷川幸雄さん演出の『海辺のカフカ』に出させてもらうことになって、それはもう、初めて『全部ダメだ』と。やめてしまえ、と言われますしね。歌、踊りを前に飛ばすエネルギーはあったつもりだけど『そんなんじゃない』と。それで40度の熱を出して夜中に救急病院にも行きました」

 劇団四季の演目は客に愛と夢と希望を与えるというような内容が多い。ひと言で言えばポジティブだ。でも、蜷川さんの舞台は人間の醜さや不条理といったものがこれでもかと描かれる。

「『人生はもっと汚いし、嫌なことばっかりだし、世の中終わってんだ。もっと屈折しろ』と。『ケータイで物事を済ませちゃいけない。人と関われ』と。僕はそこから変わりましたね。恋も含め、もっといろんな事を経験しないと、と。真面目であるがゆえに役者として人としては魅力的じゃないんじゃないか、と今も思ったりします」

 恋愛、ではなく、恋、という言葉を選んだ彼が、なんだかいいなあと思った。

「好きな女性のタイプは、気遣いのできる人。僕は料理とか掃除とかなんにもできないから、なんでもやってくれる人がいいなあ」

  • 柿澤勇人

    1987年神奈川県生まれ。勇人と書いてはやと、と読む。幼少時からサッカーに打ち込み、名門・都立駒場高校にスポーツ推薦で入学。しかし高1のときに観た『ライオンキング』に衝撃を受け、卒業後、07年に劇団四季の養成所へ。半年で『ジーザス・クライスト=スーパースター』で舞台デビュー。数々の主役をつとめ、09年末、新たな活動を求めて退団。11年からホリプロ所属。映画、ドラマへと活躍の場を広げている。
    公式HP http://horipro.co.jp/talent/PM058/
    『タイトル・オブ・ショウ』HP http://www.titleofshow.jp/

  • 取材・文:森 綾

    1964年大阪生まれ。ラジオDJ、スポーツニッポン文化部記者、FM802編成部を経て、92年に上京、フリーランスに。雑誌、新聞を中心に発表した2000人以上のインタビュー歴をもち、構成したタレント本多数。自著には女性の生き方をテーマにしたものが多く『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)、『大阪の女はえらい』(光文社知恵の森文庫)、映画『音楽人』の原作など。
    ブログ『森綾のおとなあやや日記』 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影:萩庭桂太