20代半ばで起業して、まずはひと安心。ここで、田平の中に眠っていた映画熱が再燃する。以前から知り合いだった映画関係者のひと言が、田平のハートに火を付けたのだ。
「ベルリンには大きな子ども国際映画祭があるよ。日本にもあったらいいのに」
 そこで訪れたベルリン国際子ども映画祭『キンダー・フィルムフェスト・ベルリン』の光景は、素晴らしいものだった。大きな会場いっぱいに子どもたちが集まり、目を輝かせてスクリーンを見つめる。ワークショップに参加する親子たちが列を作り、映画のことを楽しそうに語り合っている。
「僕自身、子どもの頃からたくさんの映画を観て、そのおかげでどんな困難が起きても頑張ってくることができました。映画には力がある。それを日本の子ども達にも伝えたいと思ったんです。それに、私たちが子どもに軸足を置いて映画祭を続ければ、争いなんて起きない平和な未来がやってくる。僕はそう思うんです」
 1992年に、仲間を募って『キンダー・フィルムフェスト・ジャパン』をスタートさせた。
 とはいえ映画祭の開催は、簡単なことではない。1年目で数百万円の赤字を出し、2年目からはスタート時のメンバーが次々と辞めていった。客が入らず、海外から招聘したゲストが挨拶しようにも、客席には5人しか座っていないこともあったという。
「でも、この映画祭は絶対にいつか注目される。それは自分の勘でした。それに5年目に、1本の作品と出会ったんです。『テディとアニー』という30分のアニメーションですが、すごく美しい物語で、音楽も良くて、これを上映すると子どもがずっと、感動して泣いている。一緒に観た親たちも涙が止まらないんです。手応えを感じましたね。こういう素晴らしい作品を集めて続けていれば、きっとお客さんは増えるはずだと確信しました」
 リーマンショックのときには、スポンサーが一気に撤退。一時期根城にしていた青山の「子どもの城」からも、事業仕分けにより映画祭支援を打ち切りにされた。自治体と組んで映画祭を盛り上げようとしても、活動方針が合わずに苦労することもしばしば。
「とはいえ、10年を過ぎた頃から、だんだん皆さんからお褒めの言葉をいただけるようになりました。みんな感動してくれるし、いい映画をいっぱい上映してくれてありがとう、と言われる。そうなると、とにかくこの映画祭を残していこうという意欲が湧いてきたんです」
 よりポピュラーなものにするために、まずは映画祭のシンボルとなる人が必要。声優の戸田恵子さんが、まずは快くジェネラル・ディレクターに就任してくれた。中山秀征さんも7年前から、プログラミング・ディレクターとして参加している。
 マスコットキャラクターも必要、と、〝招き猫〟と映画の〝キネマ〟を掛け合わせて〈キネコ〉が誕生し、4年前の第23回からは『キネコ国際映画祭』というタイトルにリニューアル。さらに東急グループが映画祭の趣旨に賛同してくれて、映画祭の開催をバックアップしてくれることになった。二子玉川を拠点に、〈映画〉と〈子ども〉のお祭りは、ようやく大きく花開くことになったのだ。
 映画祭のスタッフは、基本的にボランティアが中心。時には田平自身も街頭に立って、映画祭のタブロイドを手配りしている。観客の子どもたちだけでなく、映画祭を通じて、毎年数多くの人材も育っているようだ。キネコ国際映画祭の未来は、明るい。

  • 出演 :田平美津夫  たひら みつお

    1965年、北海道上ノ国町生まれ。小学校3年で愛知県一宮市に移り住む。岐阜第一高校中退。84年から87年までアメリカで生活。帰国後、広告会社に勤務の後、内装工事会社を経営。92年から子ども映画祭「キンダー・フィルム・フェスティバル」にアシスタント・プロデューサーとして参加。紆余曲折を経て2015年、「キネコ国際映画祭」に改称。現在は同映画祭のフェスティバル・ディレクター。人材派遣業、まきストーブ販売業、飲食業のカイクラフト社長。

  • 【キネコ国際映画祭2018】
    会期:2018年11月22日(木)~11月26日(月)
    会場:東京・二子玉川 109シネマズ二子玉川シアター1・ITSCOM STUDIO&HALL二子玉川ライズほか周辺エリア

    公式ホームページ・http://kineko.tokyo/

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    取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/