「東京に行こうと決めたのは2年前です。京都で活動していて、ここにいていいのかな? って、ずっと思っていたんです。東京に遊びに来たとき、街中に着物姿の人が少ないことに驚いて、この街にもっと着物姿の人がいたら愉しいのに、と思った。今まで私が京都で学んだこと、肌で感じたことを東京で広めることができたら、もっと意味があるし、喜んでもらえるのかな、と。東京に行くと言ったらみんな心配してくれましたけど、でも、〝なんとかなる!〟って(笑)」
 東京に来てみて、1番驚いたのはコミュニケーションの取り方。
「京都は答を全部グレーにすることが多いんです。『ちょっと考えさせてもらいます』って京都の決まり文句で、東京の方は〈前向きに検討中〉と受け取りますけど、京都人にとっては〈NO〉なんです。何度かそれを繰り返してから、やっと話が始まるという(笑)」
 着物に関する美学も、西と東ではやっぱり違う。
「東京の粋(いき)は色数が少なくて柄で遊びますよね。京都の粋(すい)は色を重ねて重ねて遊ぶんです。同じ漢字でも読み方が違うだけじゃなく、中身も違いますね」
 そんな東京の流儀を身につけながら、伊藤がまず始めたのは、サロンでのプライベートレッスン。最初にカウンセリングして、その人がどんな着物をどこでどんなふうに着たいのかを聞いたうえで、みっちりじっくり教えていくという。生徒のひとり、東谷彰子さんに話を聞いてみた。
「仁美さんはすごく具体的に、わかりやすく教えてくれるんです。ここは何㎝のタックをとって折り返すとか、衿の位置は何ミリ内側にしましょうとか、着付けながらベストのポイントを一緒に探してくれます。それだけでがらっと印象が変わる、良くなるんですよ!」
 伊藤が教えるのは、着付けだけではない。
着物姿を左右する大事なポイントは、所作だという。
「たとえば下にあるものを取るとき、前屈みになって取ると美しくないし、着物も着崩れやすいんです。上半身はそのまま動かさずに、膝だけ曲げて取れば、キレイですしエレガントに見えます。それは着物を着ているときだけじゃなく、洋服のときも同じです」
 だから生徒さんの着物姿は、またたく間にグレードアップ。
「表情とか姿勢もどんどん良くなっていきます。トイレに行ったらどうすればいいか、タクシーに乗るときはどうするか、階段はどう昇るか、そういうディテールまでその方の生活を想像しながらお教えするので、着物に関する不安がどんどん消えて、自信がつくんでしょうね」
 というわけで東京にも着物美人が、絶賛増加中なのだ。

  • 出演 :伊藤仁美  いとう ひとみ

    京都、建仁寺塔頭両足院に生まれ育つ。祖父の法要のとき、彩り豊かな僧侶の袈裟を見て開眼、和の世界に興味を持った。祖母の遺した着物を着るため、西陣和装学院で着付けを学び、2008年師範を取得。祇園を拠点に着付け、スタイリング、和装小物の企画などに携わる。2015年10月、活動の拠点を東京へ移し、プライベートサロン『enso』をオープン。主な活動は着付けの個人レッスン、講演、雑誌やテレビなどのスタイリングや着付けなど。また自らがモデルとして国内外のメディアに登場している。
    オフィシャルサイト http://hitomi-ito.com/sp/

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    取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/