ハギニワ氏はコハーンさんに会うと、挨拶もそこそこに、こう質問していた。

「いったいどうやって息してるの?」

 たしかに。ネットで演奏中のコハーンを見てみると、どこで息継ぎしているのかわからない。なめらかな音色でうっとりさせてくれるその演奏は、まるでバイオリンみたいに、音が途切れないのだ、管楽器なのに!

「循環奏法です。鼻で息を吸い込みながら楽器に息を吹き込む、循環呼吸をしながら演奏しています。私は弦楽器の長いフレーズが本当に好きなので、それを演奏するためには息継ぎをどうするかが大問題でした。だからマスターしたんですけど、ちょっとだけ時間がかかった。でも練習すれば、できますよ」

 ハギニワ氏、しばらくの間スーハースーハー試していたけど、すぐに諦めたみたいだ。
 コハーンの演奏には、それ以外にもたくさんの秘密が隠れている。

「私の演奏するクラリネットの音は、たぶん、他の人が吹くクラリネットの音とはちょっと違うと思います。違うように演奏しているんです。ここから先は音楽的な話なので、日本語で説明するのはとても難しいんですけど・・・・。僕が最高の楽器だと思うのは、人間の声なんです。人間の声を再生できる楽器こそ、音楽として素晴らしい。だから僕がクラリネットを演奏するときには、人間の声のように聴いて欲しいと思っています。人が歌うように、僕もクラリネットという楽器を使って歌っているんです」

 他の人とはひと味違うコハーンのクラリネットは、今まで数多くのコンクールで一等賞を獲ってきた。

「もちろん、中には1次2次で落とされたコンクールもありました。でもそういう場で多くの人の演奏を聴くことが、すごく勉強になったんです。どういう曲が審査員や聴衆にアピールするか、どういうスタンスで演奏するべきか。もちろんテクニックの問題も重要ですが、大事なのはどんな準備をしてその場に臨むべきか、ということです。エネルギーをコントロールして、ナチュラルなフィーリングで、最高の自分で演奏できれば、結果はどうあれ、すごくハッピーになれる。観客からの歓声や拍手など、うれしい反応を自分のパワーとして取り込むこともできます。その経験は今、ステージに立つときにすごく役立っています」

  • 出演:コハーン・イシュトヴァーン(István Kohán)

    1990年生まれ。ハンガリー出身のクラリネット・ソリスト。6歳でハンガリー国立音楽学校に入学し、8歳で父の手ほどきでクラリネットを始める。以後、英才教育を受けながらクラスナ・ラースロー、サトマリ・ジョルト各氏に師事し、数多くの国際コンクールで優勝、入賞を重ねた。ハンガリー国立リスト音楽院卒業後、2013年7月より活動拠点を日本に移した。2016年3月東京音楽大学大学院修了。これまでに新日本フィルハーモニー交響楽団をはじめ多くのオーケストラとコンチェルトを競演。またソロリサイタルや室内楽の活動を展開する一方、2014年からは作曲家としても活動の幅を広げている。現在、東京音楽大学講師も勤めている。
    オフィシャル・ウェブサイト http://www.istvankohan.com/jap-home

  • 取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/