ピアニストとかバイオリニストはたくさんいるけれど、クラリネットのソリストには、初めて会った。12月7日、神楽坂ラリアンスで開かれた村田千佳さんのピアノ・コンサートに、ゲストとして招かれたのが彼、コハーン・イシュトヴァーン。

 コハーンが演奏を始めると、その音色はピアノのそれと絡み合い、溶け合い、やがて伸びやかに広がっていく。指が超絶の速さでクラリネットの上を駆け巡り、軽やかな音から官能的な響きまで、音色はくるくると表情を変える。テクニックよりも情感が、先に心に届いてくる。クラリネットがこんなに魅力的な楽器だなんて、初めて知った。

「日本の人にクラリネットを演奏していると言うと、〝ああ、私も昔ブラスバンドでクラリネット吹いていました〟って言う人が多いです。クラリネットのことを特別に意識したことがないし、ソロの演奏を聴いたことがないという人ばかりですね(笑)」

 実際、世界を見渡しても、クラリネットのソリストとして活動している人は、数少ない。

「ピアニストなら、たとえばワルシャワで開催されるショパン・コンクールで優勝すれば一気に知名度が上がるし、マネジメントする人が現れ、人生の最後まで活動が保証されます。でもクラリネット奏者がコンクールで優勝しても、そういうわけにはいきません。オーケストラのメンバーになることもできるけど、単独でプレイを極めたいと思う人は、今まであまりいませんでした。だけど僕は、なんとかソリストとしてやっていけると思う。日本で公演すると〝今からあなたの大ファンになります〟って言ってくれる人もたくさんいます。状況は変えられると、信じています」

 それにしても、ハンガリー生まれのあなたがどうして今、日本にいるの? そう尋ねると、「それはあの、奧さんが日本人です・・・・」と、ぽっと頬を赤らめた。

日本に来てまだ3年目。コハーンの日本語はまだちょっとカタコトだけど、とてもチャーミングだ。なるべく彼の生コメントを生かしつつ、今週のYEOは彼の物語を、金曜日まで連日掲載。ネットでコハーンの演奏を探してBGMにすると、さらに楽しめるかも!

  • 出演:コハーン・イシュトヴァーン(István Kohán)

    1990年生まれ。ハンガリー出身のクラリネット・ソリスト。6歳でハンガリー国立音楽学校に入学し、8歳で父の手ほどきでクラリネットを始める。以後、英才教育を受けながらクラスナ・ラースロー、サトマリ・ジョルト各氏に師事し、数多くの国際コンクールで優勝、入賞を重ねた。ハンガリー国立リスト音楽院卒業後、2013年7月より活動拠点を日本に移した。2016年3月東京音楽大学大学院修了。これまでに新日本フィルハーモニー交響楽団をはじめ多くのオーケストラとコンチェルトを競演。またソロリサイタルや室内楽の活動を展開する一方、2014年からは作曲家としても活動の幅を広げている。現在、東京音楽大学講師も勤めている。
    オフィシャル・ウェブサイト http://www.istvankohan.com/jap-home

  • 取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/