インタビューは、事前に集めた資料に基づいてではなく、聴きたいことから始めることにした。

 まずお聴きしたかったのは、どうやって宝塚の男役から一般的な女優に変身していったのかという点だった。まあ、もともと女性なのだから、そこに戻ればいいだけなのかもしれないが、ずっと男性を演じていた人が女性を演じるというのはちょっと複雑な感じがするのではないだろうか。

「女になるのはそう難しいことではなかったですよ。高いハードルではなかったという感じです。167センチという身長は男役にしては大きいほうではありませんでしたし、03年に『王家に捧ぐ歌』で、娘役であるアイーダ役も演じているんです。これは珍しいことで話題になりました。男役が娘役をやるのって不思議な色気が出るみたいですね。娘役ならなんとも思わないのに、普段、脚を見せない男役が脚を見せるとみんな目を覆うみたいな(笑)。そういう経験もあってか、スムーズに女優になれた気がします」

 トップになったのが16年目と、比較的遅かったことが、彼女が自分自身を役者として客観視するためには幸いしたのかもしれない。しかし、トップになって大劇場で演じる前に、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ―で公演の際に、大変なことが起こった。

「ドラマシティーの初日に、声が出なくなってしまったんです。稽古のときから、少しおかしいなとは思っていたんですが。もう壇上で『あ、あ』と口を開けているだけ。ファンの方はさぞかし驚かれたと思いますが、私の驚きとショックも尋常ではなかったんです。トップになった喜びはもちろん大きかったんですが、プレッシャーや責任感があったんでしょう。表面的に華やかなことの裏側で、自分自身ではいろいろと抱えることもあったんだと思います。お客様に申し訳ない気持ちでいっぱいで、自分を見つめ直さなくちゃ、と強く思いました」

 退団後、女優としてミュージカルや舞台に出演して人気を得ながらも、あのときの気持ちは忘れられないという。そんな経験を踏まえた後にこそ、今があるということなのだろう。

「いちいち思い出すと、そうだったなと思うけど、過ぎてみると早いものですね。歌劇デビューしてから、今年で舞台生活22周年ですから」

 からっと笑った笑顔はどこか男前、であった。

安蘭けい主演 ミュージカル『アリス・イン・ワンダーランド』

2012年11月18日(日)~12月7日(金)青山劇場
CAST:安蘭けい、濱田めぐみ、田代万里生、高畑充希、松原剛志、柿澤勇人、JOY、
石川禅、渡辺美里
http://hpot.jp/alice/

  • 出演:安蘭けい

    1991年、宝塚歌劇団に入団。『ベルサイユのばら』で初舞台を踏む。06年星組トップスターとなり、08年『THE SCARLET PIMPERNEL』に主演、作品は菊田一夫演劇大賞を受賞。09年4月宝塚を退団し、9月『The Musical AIDA』で女優としてデビュー。『エディット・ピアフ』『サンセット大通り』などで演技の幅を大きく広げる。蜷川幸雄演出の『アントニーとクレオパトラ』では韓国公演も果たす。
    http://horipro.co.jp/talent/PF112/

  • 取材・文:森 綾

    大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て、92年に上京後、現在に至るまで1500人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には『マルイチ』(マガジンハウス)、『キティの涙』(集英社)(台湾版は『KITTY的眼涙』布克文化)など、女性の生き方についてのノンフィクション、エッセイが多い。タレント本のプロデュースも多く、ゲッターズ飯田の『ボーダーを着る女は95%モテない』『チョココロネが好きな女は95%エロい』(マガジンハウス)がヒット中。
    ブログ「森綾のおとなあやや日記」 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影:萩庭桂太