宝塚の男役、と呼ばれる人が、退団後、女優になったり、世間のごく普通の人になったりするのを、私は幾人か真近で見て来た。

 その人たちに共通するのはみな心から礼儀正しくて、少女みたいなところがあり、すっと背筋が伸びているということだ。そして胸のすくような颯爽とした身のこなしをもっている。そんなことを考えながら、安蘭けいさんが稽古をしているという場所へ向かった。スカイツリーの見える、都心から少し離れた場所に、その稽古場はあった。

 主役の安蘭けいさんは、まだ着いていなかった。だだっ広い倉庫のようなところで、その広さの分、ダンサーたちが思いきり飛んだり跳ねたりして、群舞の練習をしている。

「みんな上手だし、きれいな人もいるし。でも主役になる人っていうのは、わずかなんですよね」

 私が独り言のようにぶつぶつ言っていると、萩庭桂太が言った。

「まあ最初はみんな、ここからなんだよ。でもまあ、主役に抜擢されるような人には、演出家や脚本家にこのコ! って引っ張っていきたくさせるものが、どこかあるんだろうね」

 それは生まれもっての華とか、根性とか、才能とか。目に見えるようで見えない、何か圧倒的なもの。しかしどんなに何かをもっていても、輝いていても、見いだされなかったらどうしようもない。見いだし、見いだされる。その人と人との出会いが、芸能の世界の面白いところでもある。

 ふと、お菓子や飲み物の置いてある台を見ると、「安蘭けいさんからいただきました」と書かれた500ミリリットルのお水やひと口大のお菓子がいろいろと並んでいた。

 そういえば、宝塚の人に共通するのはそういう気配りである、ということも思い出した。

「安蘭さん、入られました」

 その言葉で、稽古場の空気が、少しだけきりりとした。

安蘭けい主演 ミュージカル『アリス・イン・ワンダーランド』

2012年11月18日(日)~12月7日(金)青山劇場
CAST:安蘭けい、濱田めぐみ、田代万里生、高畑充希、松原剛志、柿澤勇人、JOY、
石川禅、渡辺美里 ほか
http://hpot.jp/alice/

  • 出演:安蘭けい

    1991年、宝塚歌劇団に入団。『ベルサイユのばら』で初舞台を踏む。06年星組トップスターとなり、08年『THE SCARLET PIMPERNEL』に主演、作品は菊田一夫演劇大賞を受賞。09年4月宝塚を退団し、9月『The Musical AIDA』で女優としてデビュー。『エディット・ピアフ』『サンセット大通り』などで演技の幅を大きく広げる。蜷川幸雄演出の『アントニーとクレオパトラ』では韓国公演も果たす。
    http://horipro.co.jp/talent/PF112/

  • 取材・文:森 綾

    大阪市生まれ。スポニチ大阪文化部記者、FM802開局時の編成部員を経て、92年に上京後、現在に至るまで1500人以上の有名人のインタビューを手がける。自著には『マルイチ』(マガジンハウス)、『キティの涙』(集英社)(台湾版は『KITTY的眼涙』布克文化)など、女性の生き方についてのノンフィクション、エッセイが多い。タレント本のプロデュースも多く、ゲッターズ飯田の『ボーダーを着る女は95%モテない』『チョココロネが好きな女は95%エロい』(マガジンハウス)がヒット中。
    ブログ「森綾のおとなあやや日記」 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影:萩庭桂太