弦の上をすべるように動く、白魚のような手。お願いして触らせてもらったら、その指先は硬く、一部はタコのようになっていた。

「学生時代は、指先に血豆ができたり水ぶくれができたり。痛くて泣きながら弾く、ということもありました。私は血豆よりも水ぶくれができやすいので、財布の中にはいつも、まち針を入れてあります。水ぶくれができたな、と思うと、その針を出してぷすぷすぷすぷす刺して、水を抜くんです」

 コンサートのときに、その水ぶくれができたら?

「それが、大丈夫なんです。指がめちゃくちゃ痛くても、本番になると全然痛くない。たぶんアドレナリンが出まくっているんでしょうね(笑)」

 見るからにお嬢様タイプの平尾。もともとそんなド根性が備わっていたのか?

「いえいえ、それが(笑)。大学受験のとき、母はピアノの先生なので、音楽業界に詳しいですから、すごく厳しかったんです。『ピアノやバイオリンの子は毎日6時間7時間練習して受験に備えるのに、なんであなたは練習しないの?』って毎日言われていました。ところが私はその頃テングになっていて、しかも練習が嫌いだったので、サボってばかり。課題曲のCDを大音量で、リピートにしてかけて、あたかも練習しているかのように装ってました。その間私は、ベッドでマンガを読んでいたんです(笑)」

 それでも受験に合格し、現実の壁にぶち当たったのは大学に入ってから。

「先輩たちと並んで演奏してみたら、自分のあまりの下手さに衝撃を受けました。ショックのあまりトイレにこもって泣いていると、先輩たちが心配してくれて。手のかかる、面倒クサイ後輩だったと思います(笑)。それからです、毎日5時間、6時間練習するようになったのは」

 11歳でハープを始めて、今年がちょうど20周年。メジャーレーベルからCDデビューを果たし、ハーピストとしての本格的なキャリアが、いよいよ始まろうとしている。

  • 出演:平尾祐紀子(ひらお ゆきこ)

    金沢市出身。愛知県立芸術大学音楽学部ハープ専攻を経て、同大学音楽研究科修士課程修了。オランダ、マーストリヒト音楽院修士課程修了。第8回北陸新人登竜門コンサートにて、オーケストラ・アンサンブル金沢と共演。国内のコンクールにも多数入賞。帰国後、金沢と名古屋でリサイタルを開催。さまざまなオーケストラとソリストとして共演する一方、ソロや室内楽、オーケストラ客演、現代作品の初演、後進の指導など幅広く活躍している。2016年11月アルバム『華音』をリリースした。

    デビューアルバム『華音 KANON』

    グランドハープとサウルハープ、2種類のハープで演奏した16曲を収録。パッヘルベル『カノン』、ドビュッシー『亜麻色の髪の乙女』、いずみたく『見上げてごらん夜の星を』、アイルランド民謡『サリー・ガーデン』など幅広いジャンルの曲が楽しめる。

    オフィシャルサイト http://harp.yukikohirao.com/
    撮影協力 南麻布セントレホール

  • 取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/