劇団四季に入って2年目。あるとき、ひとりでこっそり稽古をしていると、演出家の浅利慶太さんに声をかけられた。

「何してんだ」

「『ライオンキング』の練習してます」

「歌えるのか」

「はい」

「じゃ、今歌え」

 歌ってみると、浅利さんは言った。

「動きは入ってるのか」

 舞台での動きを覚えているのかということだ。柿澤さんはもちろん、そこまでは覚えていなかった。しかし、チャンスには前髪しかないのである。

「入ってます!」

「よし。明日、出ろ」

 翌日、入団2年の柿澤勇人は『ライオンキング』の主役、シンバを演じた。しかし、浅利さんは言った。「ダメだな」。

「その後、やはりブロードウェイミュージカルの『春のめざめ』で、主役をいただきました。それはすごく面白くて、叫んだり、泣いたり、すごく自由にやれる演目だったんです。それが芝居ってなんだろう、と深く考えさせてもらえるタイミングになりました。もっと視野を広げたい、演技を追究していきたいと思うようになったんです」

 1年休学していた大学に復学し、海外へ行ったりと1年間勉強した後、彼は事務所を移ることになった。

  • 柿澤勇人

    1987年神奈川県生まれ。勇人と書いてはやと、と読む。幼少時からサッカーに打ち込み、名門・都立駒場高校にスポーツ推薦で入学。しかし高1のときに観た『ライオンキング』に衝撃を受け、卒業後、07年に劇団四季の養成所へ。半年で『ジーザス・クライスト=スーパースター』で舞台デビュー。数々の主役をつとめ、09年末、新たな活動を求めて退団。11年からホリプロ所属。映画、ドラマへと活躍の場を広げている。
    公式HP http://horipro.co.jp/talent/PM058/
    『タイトル・オブ・ショウ』HP http://www.titleofshow.jp/

  • 取材・文:森 綾

    1964年大阪生まれ。ラジオDJ、スポーツニッポン文化部記者、FM802編成部を経て、92年に上京、フリーランスに。雑誌、新聞を中心に発表した2000人以上のインタビュー歴をもち、構成したタレント本多数。自著には女性の生き方をテーマにしたものが多く『キティの涙』(集英社)、『マルイチ』(マガジンハウス)、『大阪の女はえらい』(光文社知恵の森文庫)、映画『音楽人』の原作など。
    ブログ『森綾のおとなあやや日記』 http://blogs.yahoo.co.jp/dtjwy810

撮影:萩庭桂太