最初に見たとき、「オオカミみたい」と思った。
 東京音楽大学の、代官山に完成したばかりの真新しいキャンパス。通りを渡ってその学内に、彼はずんずんと大股で入っていく。伸びた髪はまるでライオンのタテガミみたいだけれど、ライオンみたいに群れる動物ではない。ひとりが似合うオオカミだ。
 15分後、萩庭氏が登場して全員が集合し、改めて挨拶したら、オオカミは笑顔で気さくに挨拶してくれた。
「どうも、宮本です」
 この人が、宮本文昭。伝説のオーボエ奏者だ。
 18歳で単身ドイツに留学し、32年間、ドイツの交響楽団を中心に活躍してきた。自ら技を磨き上げて多彩な表現力をものにし、世界的指揮者たちに愛され、楽団のメンバーからリスペクトされ、クラシック音楽の本場ドイツで、ソリストとしても高い評価を集めてきた。なのに還暦を前にして、突然オーボエ奏者としての活動を休止。そして日本に戻ると間もなく、今度は指揮者として活動をスタート。情熱的にオケを引っ張るその姿は多くのファンを集めたが、さらにその8年後、指揮者としての活動から、あっさり引退してしまった。
 そんな宮本文昭が、4年ぶりに指揮台に立つという。長年教授としてオーボエを教えてきた東京音楽大学の、開学111年記念のコンサート・シリーズのひとつだ。
「その日は、木管や金管楽器の教授たちが全員舞台にあがって一緒に何かやろう、というコンサートなんです。でも僕はもうオーボエを人前では絶対に吹かない、と決めている。だから〝僕はもう出なくていいよ〟って言ったんだけど、〝なんかそれじゃあ仲間はずれしてるみたいでイヤだ〟って、みんなが言うものでね(笑)。だったら指揮棒を振るということでいいんじゃないかって、そういうことです」
 オオカミなんだけど、愛想が良くて人懐こい。かと思って油断したら、怖いかもしれない。しかも、萩庭氏が撮影のためにリクエストしたオーボエを、宮本氏は取材日に持ってこなかった。
「あ、忘れてた。ていうか、持ってこいって、言われていた? そうかな」
 今さら、オーボエなんて必要ない、(俺は俺だ!)という境地なのかも。
 今週のYEOは、かつてTVのCMなんかにも登場して、〈オーボエの貴公子〉と呼ばれたこともある元祖イケメン・ミュージシャンにしてクラシック界のレジェンド、宮本文昭をクローズアップ。なかなか手強いオオカミの話、連日更新でお楽しみ下さい!

  • 出演 :宮本文昭 みやもと ふみあき

    東京生まれ。18歳でドイツに留学し、フランクフルト放送交響楽団、ケルン放送交響楽団、サイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団などの首席オーボエ奏者を歴任。2000年から本拠地をドイツから日本に移し、JTアートホールのプランナー、小澤征爾音楽塾の主要メンバーとして活躍。2007年3月末をもってオーボエ奏者としての演奏活動を中止。指揮者として精力的に活動を始め、2012年より東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団初代音楽監督に就任。2015年3月末をもって指揮者としての活動を引退した。2000年4月より東京音楽大学音楽部音楽科器楽専攻管・打楽器オーボエ教授として教鞭を執ってきた。次女はヴァイオリニストの宮本笑里。

    〈撮影協力〉東京音楽大学

  • 【公演情報】
    東京音楽大学 創立111周年記念演奏会シリーズ「木管ソロ・室内楽演奏会」
    中目黒・代官山キャンパスTCMホール
    6月30日(日)15時開演 指揮:宮本文昭 演奏:東京音楽大学教員および関係者
    曲目:R.シュトラウス/「13管楽器のためのセレナード」 モーツァルト/セレナード第10番「グラン・パルティータ」ほか
    入場無料、全席指定(要座席整理券) 5月31日より一般受付開始
    ■ チケットの申し込み 東京音楽大学HP演奏会のページより

    https://www.tokyo-ondai.ac.jp/cms/wp-content/uploads/2019/05/111woodwind.pdf

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    取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/