生まれたのは中国黒龍江省。二胡を初めて手にしたのは8歳のときだ。
「兄が弾いていたので、私も真似して始めました。中国ではすごくポピュラーな楽器です。それに当時は、西洋の楽器は身近になかった。二胡なら誰でも習えるから、僕は一生懸命練習しました」
 高校を卒業後、北京の音楽大学入学を希望し、その2次試験を受ける会場で、奇跡が起こった。中国国内屈指の楽団「中国中央民族楽団」に二胡奏者としてスカウトされたのだ。学生になるつもりが、いきなりのプロデビュー。
それは私たちが想像する以上に、スゴイことだった。
「中国には戸籍制度というものがあって、私は農村部の生まれなので、本来なら高校を卒業したら必ず農村で就労しなければいけない。それが国の決まりでした。都会では就職できない、進学もできない。農村に行くしかない」
 今はだいぶ緩和されたとはいえ、この戸籍制度は当時、かなり規制の厳しいものだった。
「たとえば、ハルピンで生まれた人はふつう、ハルピンで仕事につき、ハルピンで結婚し、一生ハルピンで暮らします。それが当たり前だし、それ以外の選択肢はありません。もし北京で生まれた人を好きになって結婚しても、北京で一緒に住むことは許されない。第一、生活できません。国から配給される、食料品を買うためのチケットは、地元以外では使えなかったからです。すべての面で、いろいろな制約がありました。ただし、大学を卒業して楽団に入れば、北京の戸籍をもらえる可能性があった。それを僕は目指していたんです」
 ジャーさんは大学をすっとばして楽団に入り、北京に住む特権を得ることができたのだ。
 それには、この時代ならではの事情があった。
 当時中国は、毛沢東主席による文化大革命(1966~1976)の直後。「中国中央民族楽団」は文化大革命の期間中、楽団員の新規採用を止められていたので、即戦力となる奏者がすぐにも必要だったのだ。
「文化を普及しようという動きの中で、全国から人員を集めようというプロジェクトがあった。その中の一人に、幸運にも選ばれたんです。楽団に入ると同時に、北京での戸籍も手に入れました」
 それまでの10年間、二胡をひたすら練習したのは、二胡を愛していたから、だけではなかった。
「他にやることがなかったから。北京に行きたかったからです。生まれ故郷で農民として一生を過ごすのではなく、北京に行けば違う人生があると思ったから、なんです。」

  • 出演 :ジャー・パンファン JIA PENGFANG

    中国黒竜江省生まれ。18歳でプロの演奏家を目指して北京へ。中国国内屈指の楽団「中国中央民族楽団」に入団し、ソリストとして10年間、第一線で活躍。1988年、二胡の新たな可能性を求めて来日。作曲家・服部克久氏との出会いが転機となり、日本での音楽活動の場を広げる。コンサート活動のほか、多ジャンルのミュージシャンとの共演やアルバム制作、映画(「LOVERS」)、CM音楽(JR東海・富士ゼロックスなど)、テレビ(NHK「漢詩紀行」「故宮」の音楽、「トップランナー」出演、日経CNBC番組テーマ曲)などでも活躍。また海外公演(アメリカ、イタリア、韓国、台湾他)も積極的に行っており、2010年は故郷中国で初の凱旋公演を行い、中国でも注目されている。これまで発売したオリジナルアルバムは20枚を超え、世界各国で発表され海外のファンも多い。2018年来日活動30周年を迎えた。

    オフィシャルサイトhttp://jia-pengfang.com/news/index.html

  • 【公演予定】
    7月8日京都、7月28日静岡、8月26日富山、9月24日静岡、10月12日東京

  • 撮影協力 「反畑誠一の音楽ミュージアム」

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    取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/