田崎をよく知る人間は、彼女を〈恋多き女性〉だという。そういえば卒業後もアメリカに留まる理由を、『男の子にもてたから』と笑って言っていた(冗談!)。そんなに恋をしたんですか?
「失恋だらけ、ですけどね(笑)。恋イコール失恋だと思う。恋愛がハッピーに終わることはつまらない、それ、私の哲学(笑)」
 たとえば、と、こんな話をしてくれた。
「シューマンはまだ16歳の天才少女ピアニストクララという少女に惚れ込んで、どうしても結婚したいと思った。でも彼女がまだ若いと彼女の親に反対されて、10年くらいあがきと葛藤の日々が続いたんです。そのときに書いたピアノ曲は全部傑作なんですよ。今ここにないものを求める強さ、炎の力はスゴイものがあるんです。その後結婚して子どもを6人くらい持つんだけど、そうなるともう全然ピアノ曲なんて書かなくなっちゃって(笑)」
 恋は、渇望。その渇望が、芸術を生み出す。
「渇望するって、美しいことだと思います。イメージする力も増すし、泣く、喜ぶ、ちょっとしたことが死ぬほど痛い。そういうぴりぴりした深い、神経が研ぎ澄まされた状態が好き、私は。恋なんてしないほうが楽だなんて言う人もいるけど、そんなのつまらないと思うの。生まれてきた理由がないわ」
 田崎のピアノのエネルギー源は、きっと恋。恋しているときのピアノは、いつもより激しいのだろうか?
「うーん、いつも恋してるから、わかりません(笑)。私はいつも何かに渇望しているの。若い時からずっとそうで、だから日本では変な人っていわれてしまうのかも知れない。美しいとかおいしいとか好きだとか、人一倍思っちゃうのね。だから恋も多くて、本人は時々ちょっと、苦しいです」
 そして今も、恋を?
「今はね、猫に夢中(笑)。でもその猫は私のこと、そんなに愛してくれないの」また、失恋!

  • 出演 :田崎悦子  たざき えつこ

    桐朋学園音楽科高校卒業後、フルブライト奨学金を得てニューヨーク・ジュリアード音楽院に留学。卒業後30年間国際的に演奏活動を続けた。1971年ヨーロッパデビュー。72年カーネギーホールデビュー。79年世界的指揮者ゲオルグ・ショルティに認められ、シカゴシンフォニーとデビュー。サヴァリッシュ、スラットキン、ブロムシュテット、小澤征爾など世界第一線の指揮者と協演。日本でもN響をはじめ各地のオーケストラと協演。2015年には『三大作曲家の遺言』シリーズでベートーヴェン、ブラームス、シューベルトを演奏、絶賛を浴び、NHKBSプレミアムにて複数回放送中。アメリカワシントン大学教授、東京音楽大学教授、桐朋学園大学及び同大大学院特任教授歴任。2002年よりピアノ合宿『Joy of Music』八ヶ岳と奈良、カワイ表参道「パウゼ」にてシリーズ『Joy of Chamber Music』『Joy of Music40+』総合ディレクター。
    ホームページ http://www.etsko.jp/

    田崎悦子・ピアノリサイタル『三大作曲家の愛と葛藤』
    前編5月26日(土)2:00開演 後編10月13日(土)2:00開演 
    東京文化会館小ホール 問い合わせ先 カメラータ・トウキョウ03-5790-5560

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  • 取材/文:岡本麻佑

    国立千葉大学哲学科卒。在学中からモデルとして活動した後、フリーライターに転身。以来30年、女性誌、一般誌、新聞などで執筆。俳優、タレント、アイドル、ミュージシャン、アーティスト、文化人から政治家まで、幅広いジャンルの人物インタビューを書いてきた。主な寄稿先は『éclat』『marisol』『LEE』『SPUR』『MORE』『大人の休日倶楽部』など。新書、単行本なども執筆。

  • 撮影:萩庭桂太

    1966年東京生まれ。東京写真専門学校卒業後、フリーランス・カメラマンとして活動開始。
    雑誌、広告、CDジャケット、カレンダー、WEB、等幅広いメディアで活動中。
    ポートレート撮影を中心に仕事のジャンルは多岐にわたる。
    「写真家」ではなく「写真屋」、作家ではなく職人であることをポリシーとしている。
    雑誌は週刊文春など週刊誌のグラビア撮影を始め、幅広い世代の女性ファッション誌の表紙を撮影中。
    http://keitahaginiwa.com/